Tuesday, August 27, 2013

South Korea owns up to brutal past

保導連盟事件

Bodo League Massacre at Daejon, South Korea, 1950.jpg
処刑される保導連盟員
(1950年韓国大田近郊・アメリカ軍撮影)
보도연맹 사건
保導聯盟事件
ほどうれんめいじけん
ポドヨンメンサコン
Bodo Yeonmaeng Sageon

http://www.smh.com.au/news/world/south-korea-owns-up-to-brutal-past/2008/11/14/1226318928410.html
South Korea owns up to brutal past



Kept secret … a man turns his head to those about to kill him during the murder of thousands of prisoners by South Korea at Taejon in 1950.
Kept secret … a man turns his head to those about to kill him during the murder of thousands of prisoners by South Korea at Taejon in 1950.
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Hamish McDonald Asia-Pacific Editor
November 15, 2008
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SOMETHING remarkable has been happening in South Korea this year, without getting much attention anywhere.

It has been a nation dragging its darkest secrets into the daylight - not historical crimes committed by the long-dead, but those carried out during the 60-year life of the Republic of Korea.

The stream of reports coming out of Seoul's Truth and Reconciliation Commission are unsettling not just for Koreans, but also allied countries, including Australia which defended the southern Korean state and supported its successive leaders.

Out of the competing barrages of propaganda that have shrouded the 1950-53 Korean War, we are finally getting conclusive admissions that some of the worst atrocities, blamed at the time on the enemy, were in fact committed by our side - and we knew it.

The commission is the legacy ofRoh Moo-hyun, the former human rights lawyer and political liberal who was South Korea's president for five years until February. It was set up in December 2005, and operates with a staff of 240 and a budget of $US19 million ($29.7 million) a year, with the daunting task of opening up a century of hidden history. This covers the Korean resistance to the 1910-45 Japanese annexation of the country, political oppression during the postwar occupation when the Americans and Russians set up rival regimes in their zones, the Korean War, and the succession ofright-wing and military dictatorships that lasted in South Korea until the late 1980s.

The massacres of civilians during the Korean War are the most shocking to read about. The commission is working through no less than 1200 cases, including about 215 incidents in which US and allied air forces strafed groups of refugees and other civilians. The victims total 100,000, which the commission says is a conservative estimate.

One of the worst incidents preceded the Korean War, in 1948, when the new Syngman Rhee government installed in Seoul by the United States ordered its army to suppress a leftist revolt on Cheju Island. About 30,000 local people were gunned down.

By early 1950 Rhee had about 30,000 alleged communists in his jails, and had about 300,000 suspected sympathisers enrolled in an official "re-education" movement known as the Bodo League. When Kim Il-sung's communist army attacked from the North in June that year, retreating South Korean forces executed the prisoners, along with many Bodo League members.

At Taejon, about 140kilometres south of Seoul, prisoners were shuttled out of the city's jail by the army and police, marched with hands bound to the edge of long trenches, made to lie down, and then shot with rifles. Their bodies were rolled in and covered.




http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/b5e90564d2970cfd5f3adbc3a9243250

国当局は彼らが北朝鮮軍に呼応して反乱することを恐れたと弁明した。また、ソウルに侵攻した北朝鮮にとっても、保導連盟員は党を捨てて敵の体制に協力した者にほかならず、追及・粛清の対象となった。再び、アメリカ・韓国軍がソウルを奪還すると北朝鮮の協力者とされたものたちは虐殺された[6]。南北朝鮮双方からの虐殺を逃れようとした人々は日本へ避難あるいは密入国し、そのまま在日コリアンとなった者も数多い。

この事件は韓国現代史最大のタブーとも言われ、軍事政権下はもちろん、その後も口に出すのも憚られると言われてきた[12]。李承晩以来の独裁的・軍事的政権を批判する立場からは、体制によって隠匿されてきた権力犯罪の一環として糾明の対象となり、盧武鉉政権による「過去史」清算事業の対象の一つとなった。この流れを受けて、2004年には、保導連盟署名者の凄惨な処刑が重要な場面で描かれている映画『ブラザーフッド』が製作・公開された。また、2008年1月24日、盧武鉉大統領は保導連盟事件の犠牲者追悼式に送ったメッセージで、国家権力の不法行為に対して包括的な形で謝罪を表明した[13]。

2000年、BBCは12,13歳の少女がアメリカ人の目の前で処刑されたと報じた[14]。また、韓国海軍が遺体を海上に投棄したとする韓国海軍提督による証言も掲載した[14]。

2007年12月3日に『ニューヨーク・タイムズ』は、キム・ヨンスク韓国陸軍憲兵軍曹が1950年6月に韓国陸軍の命令に従い、共産主義者の嫌疑をかけられ警察署に拘留されている人々を殺害したとする証言を報じた[11]。キム・ヨンスクは、「銃撃を始めると人々は逃げようとしたがワイヤーで数珠つなぎにされており、ワイヤーが腕を斬り裂き服を真っ赤にした」など具体的な虐殺の証言を行った[11]。『ニューヨーク・タイムズ』は、女性や子供を含めた数万人もの非武装の市民が裁判もなしに虐殺されたと報じるとともに、韓国政府が2005年に設立した調査委員会の調査によってアメリカ軍機やアメリカ軍地上部隊が非武装の市民を殺害していたことが明らかにされたことも報じている[11]。

2008年9月6日、TBSテレビ『報道特集NEXT』にて日本のテレビでは初めて大々的に保導連盟事件がとりあげられた。虐殺に加担した者や生還者が、共産主義者狩りの名の下で、イデオロギーとは全く関係のない者や2歳児までもが虐殺の対象となったことを証言した。また虐殺の場となったコバルト鉱山での遺骨の発掘調査の様子が放送され、犠牲者数20万人とも言われる虐殺の一端が明らかとなった。

韓国人自身による真相隠蔽の傾向 [編集]上記の同番組(2008年9月6日、TBSテレビ『報道特集NEXT』)の中で、韓国での街頭インタビューがなされ、一般的に韓国人が本事件のことを知らない事が放送された

事実に基づく韓国人の同胞虐殺

1945年 ハンセン病院虐殺事件 犠牲者=84名
1948年 済州島虐殺事件★ 犠牲者=6~7万名
1948年 麗水・順天反乱事件 犠牲者=5000名以上
1949年 聞慶虐殺事件 犠牲者=88人
1950年 漢江人道橋爆破事件 犠牲者=約500~800名
1950年 国民保導連盟虐殺事件 犠牲者=30万名以上
1950年 大田刑務所虐殺事件 犠牲者=1800名以上
1950年 国民防衛軍事件 犠牲者=数十万名
1950年 朝鮮戦争★ 犠牲者=400万人以上死亡
1951年 智異山居昌事件 犠牲者=大人334人と子供385人
1980年 北朝鮮餓死★ 犠牲者=500万人以上死亡
2010年 天安沈没事件 犠牲者=乗組員46名他
2010年 延坪島砲撃事件 犠牲者=海兵隊員2名、民間人2名
2012年 朝鮮戦争は休戦状態で継続中




http://www.nocutnews.co.kr/show.asp?idx=556349

헌병대의 보도연맹원 '대량학살' 최초 구체증언 확보
6.25 당시 헌병대 과장 김만식 씨 증언 토대, 전국 조직적 학살 자행

2007-07-04 15:59기사크게보기기사작게보기이메일프린트




6.25 전쟁때 강원도와 충북, 경북 북부 지역 보도연맹원에 대한 집단학살이 헌병대에 의해 이뤄졌고 최초 학살은 강원도 횡성에서실시됐다는 구체적인 증언이 국내 최초로 나왔다.

'한국전쟁 전후 민간인 학살 진상규명 충북대책위원회' 는 충북도청에서 기자회견을 갖고 6.25 전쟁 당시 6사단 헌병대 4과장으로 근무하던 김만식(81) 씨의 증언을 토대로 보도연맹원 최초 학살은 6월 28일 강원도 횡성에서 이뤄졌다고 밝혔다.

또 청원 오창창고에서 보도연맹원 370명이 학살된 집단 발포는 6사단 19연대 헌병대에 의해 이뤄졌고 800여 명이 학살된 옥녀봉은 6사단 7연대 헌병대, 음성과 진천의 70여 명 학살은 6사단 7연대에 의해 실시됐다고 밝혔다.
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이와함께 6사단 19연대는 경북 상주와 문경에서 각각 400여 명을 학살했고 영주에서는 350여 명을 학살한 것으로 드러났다고 밝혔다.

민간인 학살 진상규명 충북대책위원회는 6사단 헌병대 현장지휘책임자인 김만식 씨의 증언을 토대로 전쟁이 발발하자 마자 강원도 횡성을 시작으로 전국에서 조직적으로 보도연맹원 학살이 이뤄졌다는 사실과 구체적인 학살 가해자가 밝혀진 것이 큰 의미가 있다고 강조했다.

또 충북에서만 36군데에서 5천800여명의 보도연맹원이 학살된 것으로 드러났으나 총체적인 조사가 이뤄지지 못했고 대부분의 보도연맹사건에서 헌병의 역할이 많았다는 증언이 나왔지만 체계적인 조사가 이뤄지지 못했다며 80살이 넘은 생존자에 대한 조사를 촉구했다.





http://japanese.joins.com/article/016/171016.html?servcode=400&sectcode=400

「このままでは壬辰倭乱当時の賠償まで?」…過去の歴史の賠償は年1340億ウォン
2013年04月29日15時00分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] comment100hatena0
25日午前、ソウル中央地裁民事463号法廷。

ソウル大仏文科の崔権幸(チェ・グォンヘン)教授ら全国民主青年学生総連盟(民青学連)事件の被害者10人と家族など92人が起こした損害賠償訴訟の判決が出た。

裁判長のシム・ウヨン部長判事が判決文を読み上げた。「国家の組織的・非人道的な不法行為のために深刻な精神的苦痛にあった」とし「計67億ウォン(約6億円)を賠償すべき」という要旨だった。

1974年に約180人の拘束者を出した民青学連事件関連の3度目の賠償判決だった。崔教授は内乱予備陰謀などの容疑で同年、懲役10年を言い渡されたが、翌年、刑執行停止を受け、9カ月間ほど服役した。

この日判決で崔教授側が受けることになる被害補償額は本人の慰謝料2億5000万ウォンと夫人2億ウォン、父母と子ども1億ウォン、兄弟各5000万ウォンなど計10億5000万ウォンにのぼる。

海外出張中の崔教授は中央日報のメールインタビューで、「民主化運動の歴史を評価する国民多数の立場を代弁した判決」とし「10年刑の宣告を受けた直後しばらく失語症にかかった母と精神的苦労が激しかった家族に慰労になる」と伝えた。

この日、宣告の結果を聞いた法務部国家訟務課は忙しくなった。今年国が敗訴した場合に使うという用途で国会が配分した金額は200億ウォン。ところで4月までにすでに184億ウォンを使った。ほとんどが民青学連事件のように過去の歴史関連の賠償金に投入された。

裁判所は1審宣告直後にお金を受け取ることができると明示したが、法務部は控訴とともに賠償金支払い停止を申請することにした。イ・テスン法務部国家訟務課長は「確定判決が出てこそ国家債務が最終確定するため」と説明した。

法務部は近いうちに予備費の申請が避けられないとみている。最高裁で確定する判決がいくつもあるからだ。昨年も事情は似ていた。予算は200億ウォンだが、支払い判決が下された規模は1340億ウォン(一部一般事件含む)を超えた。最高裁で最終敗訴すれば、控訴審(2審)宣告時点から支払い日まで年20%の高い利子を支払わなければならない。普通、最高裁の上告審(3審)が1年ほどかかるため、利子だけでも大きな金額となる。

損害賠償を要求する事件の範囲も拡大している。すでに裁判所は韓国戦争(1950-53)当時に国軍と警察によって命を奪われた人たちに国が賠償すべきという判決を出し始めた。ソウル中央地裁は18日、驪州反逆容疑者処刑事件の被害者に15億ウォンの賠償を命じる判決を出した。釜山高裁も昨年末、居昌良民虐殺被害者の遺族が起こした訴訟で原告側勝訴判決を出した。蔚山地裁は今月3日、「国は蔚山報道連盟事件の被害者の遺族24人に計10億9700万ウォンを支払うべき」と宣告した。

保導連盟関連の損害賠償訴訟は釜山や大邱(テグ)など全国裁判所で進行中だ。政府は韓国戦争当時、国民保導連盟事件の犠牲者を5万ー30万人と推算している。2011年には仁川上陸作戦当時に米軍の爆撃で被害を受けたとして、当時の月尾島地域の住民35人が1億-3億ウォンの賠償を求めて訴訟を起こした。年初には仁川地裁が原告敗訴判決を下し、直ちにソウル高裁に控訴した状態だ。

匿名を求めた検察関係者は「このままでは壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の被害まで補償しろという要求が出てきて、賠償額も兆ウォン単位に膨らむのではないだろうか」と話した。笑い話だが、それだけ深刻なレベルということだ。

こうした事情のため、個別被害者の訴訟に任せるのでなく、国が立法で解決すべきだという指摘もある。キム・サンギョム東国大法大教授は「国民的な共感に基づいて適切な賠償基準を法制化する方法を検討する必要がある」と述べた。

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