Tuesday, August 27, 2013

the grand misunderstanding,Korea should learn Germany

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130824/kor13082410010002-n1.htm

〝壮大な誤解〟韓国こそ「ドイツに学べ」


2013.8.24 09:57
ドイツのメルケル首相が最近、国内のダッハウにあるナチス時代のユダヤ人強制収容所跡を訪れ、犠牲者に頭を下げる写真が、韓国のマスコミで大々的に報道された。新聞はほとんどが1面トップだった。
ドイツではよくあるシーンだが、韓国でのこの異様な関心はなぜか。
ある新聞は頭を下げたメルケル首相の写真にわざわざ日本語で「安倍が見習うべき姿」という文章まで付けていた。
つまり「ドイツはこんなに過去の歴史について謝罪と反省をしているぞ、それに比べ日本は…」という、日本非難のためのおなじみの「ドイツに学べ」論である。日本でも似たような議論をよく聞くが、はて。
メルケル首相はナチスによるユダヤ民族虐殺現場で頭を下げているのだが、日本は過去、韓民族に対しナチスのようなことをしたのだろうか。
韓国は日韓併合で日本の支配、統治を受け植民地になったが、第二次大戦で日本と戦ったわけではない。逆に日韓は一緒になって米国、中国など連合国と戦ったというのが実態だった。
韓国のテレビインタビューで「日本人としてメルケル首相の写真をどう思うか?」と質問されたので「立派な姿です」と答え「ところで韓国ではしきりに日本に対し『ドイツに学べ』というが、では歴史的に韓国はナチス・ドイツ時代のどこに相当するのか。フランス? ポーランド? チェコ? それともユダヤ人…」と反問したところ、相手は絶句していた。
ヨーロッパでナチスの植民地だった国はない。だからドイツの戦後処理に関し韓国が参考にすることは基本的にはないのだ。
韓国には意図的な歴史の歪曲(わいきょく)がある。自らを日本やナチス・ドイツに対する戦勝国である連合国になぞらえ、日本を戦犯国といって非難するのがそうだ。
しかし、靖国問題もそうだが、韓国は日本と戦争した敵国ではないため、いわゆるA級戦犯問題とは直接関係はない。極東裁判は日本の韓国支配を裁いたものではないし、植民地支配は戦争犯罪ではない。にもかかわらず韓国がA級戦犯を理由に靖国問題にこだわるのは“壮大な誤解”なのだ。
ナチス・ドイツの歴史を振り返り、あえて韓国に相当するような国を探せばオーストリアかもしれない。
ヒトラーの故郷でもあるオーストリアはナチス・ドイツに6年間、併合されその一州になった。ナチス・ドイツと一体だったため、戦後は連合国の米英仏ソによる分割占領後、中立化を条件に1955年、独立を回復した。韓国(朝鮮)が戦後、連合国の米ソに分割占領されたのと同じだ。
興味深いのはオーストリアはナチス・ドイツとの過去の関係を国際社会に謝罪していることだ。これでいくと韓国は日本との過去を謝罪、反省しなければならないことになるが…。
「ドイツに学べ」で思い出した。韓国と北朝鮮の間でまた南北離散家族再会の話が出ている。
しかし、ドイツでは東西分断中も家族の相互訪問や手紙、贈り物の交換など自由な交流があり、結果的に1990年に統一が実現している。
韓国と北朝鮮こそそうしたドイツにしっかり学び、南北交流をちゃんとやって早く統一してはどうか。
そして少数派の東ドイツ出身のメルケル首相のように、統一コリアで北朝鮮出身の大統領が誕生するような姿を早く見せてほしい。(ソウル 黒田勝弘)




http://japanese.joins.com/article/044/159044.html?servcode=100&sectcode=140



【コラム】戦争犯罪の前でドイツとあまりにも違う日本(1)
2012年09月07日08時40分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] comment141hatena0
実際、韓国人はすでに知っていた。一部の日本の政治家が慰安婦強制動員の事実をいつか否定することを。したがって、日本の政治家が最近、日帝の侵略・残虐行為を否認する歌を合唱しても、日本の右翼の素顔だからと思うだけだ。過去の問題で彼らを信頼できないという事実を改めて確認したにすぎない。

ところが疑問が生じる。同じ第2次世界大戦の戦犯国家だが、日本とドイツはなぜこれほど違うのか。ドイツはノルマンディ上陸作戦、スターリングラード戦闘の犠牲者を称える戦勝国行事に政治家がほとんど毎年参加する。ナチスはドイツ人にとっても敵であることを明確にしている。日本の政治家に国際感覚があるのなら、隣国の太平洋戦争追悼行事に参加し、二度と侵略戦争をしないと約束しただろう。しかし実状はそれどころか、敗戦日の8月15日にA級戦犯の位牌を合祀した東京靖国神社で頭を下げる人が少なくない。その前では、旧日本軍の服装をした、侵略を象徴する旭日旗を持った高齢者が行進する。気の毒だ。こういう姿のため、国際社会で日本のイメージがひどく悪化しているというのに…。これを知らなければ、ギャグコンサート番組に出てくる‘町内の馬鹿ミョンフン’と同じで、もし知りながらもそうしているのなら‘勇敢な野郎たち’だろう。

ドイツでナチスの旗を掲げて行進すれば司法処理対象だ。ドイツはもちろん欧州のほぼすべての国は、過去のナチスによるホロコーストを否定する発言をしたり文章を書くだけでも処罰する。西欧でこれはグローバルスタンダードだ。ドイツ極左赤軍派出身から極右に転向したホルスト・マーラーは09年3月、ホロコーストを否定した罪でポツダム裁判所で懲役5年型を言い渡された。英国人作家リチャード・アーヴィングは同じ罪で、05年に第3国のオーストリアで逮捕され、13カ月間服役した。フランス大統領選に出馬した大物極右政治家ジャン=マリ・ルペンもこうした発言をし、フランスとドイツで罰金刑を受けた。良心の自由や表現の自由という弁論はここには適用されない。

【コラム】戦争犯罪の前でドイツとあまりにも違う日本(2)
2012年09月07日08時40分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] comment107hatena0
代表的なホロコースト否定発言は「ナチスはユダヤ人を絶滅させるための公式的な政策を出したことはない」「生存者の証言は不正確または矛盾するケースが多くて信じられない」「ホロコーストはユダヤ人が支援を得るために騒いでいるものだ」などだ。ここでユダヤ人とホロコーストをそれぞれ韓国人と慰安婦、または中国人と南京大虐殺に変えれば、現在の日本の一部の政治家の妄言とほぼ一致する。ホロコースト否定に対する処罰はグローバルスタンダードだが、日本では政治家が率先して慰安婦や南京大虐殺否定発言を続けている。

第2次世界大戦後、ドイツは徹底的な脱ナチス化を追求し、ナチスの蛮行を子どもに教えている。過去の反省を通じて、隣国との進取的な未来を構想したのだ。しかし日本は脱軍国主義化と過去の歴史の反省、真実教育を拒否し、恥をかいている。

特に一部の日本の政治家は、韓国政府が独島(ドクト、日本名・竹島)問題に明確な態度を見せると、慰安婦強制動員の自国政府の責任を認めた河野談話を修正するという発言をしている。こうした戦争犯罪である慰安婦問題を、日帝が初めて強奪した韓半島領土の独島問題と連結したのは、両事件ともに侵略行為であることをよく知りながらも、そうではないと言い張っているという意味だ。

それなら今は韓国をはじめとする東アジア諸国が一緒に、グローバルスタンダードの確立に動くべきだ。日本の太平洋戦争侵略と残虐行為を否定する人は、もうどこの国でも逮捕し、処罰できるように立法措置をする必要がある。ナチス戦犯を公訴時効なしに追跡して断罪するように、太平洋戦争当時の反倫理的戦争犯罪も同じように扱ってこそ当然だ。

元慰安婦の女性が老後生活をしている京畿道広州の「ナムヌの家」をユネスコ世界文化遺産に登載する準備もしなければならない。1992年にソウル麻浦(マポ)に設立され、95年に移って定着したところだ。今は消えたアジア各国の旧日本軍侵略現場の代わりとし、ここを性的奴隷犯罪の象徴的な場所に指定しよう。将来、元慰安婦の女性が全員亡くなっても、ここだけはずっと残して、歴史を証言する場にしなければならない。ドイツが最近、ナチスのブーヘンバルト収容所の文化遺産登載を申請したように。歴史は記憶する人のものだ。

チェ・インテク論説委員

http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kj8899/deutsch.rep.html
ドイツの戦後補償  1999.1.1.現在

法的枠組
補償対象等
金額
第三国との合意に基づく補償 イスラエルとの補償協定
1952 ナチスにより迫害を受けたユダヤ人(右ユダヤ人のイスラエルにおける居住実現等が目的)
35億マルク
包括協定等
(*注1) ナチス行為により被害を受けた各対象国国民
28億マルク
連邦法による補償 連邦補償法
1956制定、1966改定 ナチスによる被害者で独第三帝国領域に居住していた者。国籍を問わない。
(人的損害に対する補償)
796億マルク
連邦返還法
1967 ナチスにより強制的に収用された動産及び不動産等物的損害についての補償
40億マルク
補償年金法
1992 旧東独におけるファシズムへの抵抗者及びその犠牲者に対する年金を継続し、さらに旧東独におけるナチス迫害の犠牲者に対する補償を実施
10億マルク
その他の法律に基づく給付
(*注2) 上記に含まれないその他の給付
86億マルク
その他 各州が独自に行う補償措置 連邦法の枠外で、各州はそれぞれの州法に基づき、ナチスの被害者に対し独自の補償を行っている。
25億マルク
各種苛酷緩和規定
(*注3) その他、特に苛酷なケースと見られる事例に対する緩和規定等
23億マルク
以上、合計(*注4)
1043億マルク
harada,shinichi remake                
ドイツ政府の説明資料                   
(注1)
西欧12か国(ルクセンブルク.ノールウエー、デンマーク、ギリシャ、蘭、仏、白、墺、伊、スイス、英、スウェーデン)との包括協定(1959‐64年、9.8億マルク)、
東欧4か国(ユーゴ=当時=、ハンガリー、チェコスロバキア=当時=、ポーランド)との補償協定(61-72年、但しナチスの人体実験による被害者のみ対を対象、1.3億マルク)、
独米包括協定(1995年、0.4億マルク)、
ポーランド、ベラルーシ、ロシア、ウクライナとの「理解/和解基金」(91-93年、15億マルク)、
独・チェッコ未来基金(97年、1.4億マルク)を含む。
(注2)
公職従事者に対する補償(78億マルク)及び国籍を理由とした迫害によって身体に障害を受けたものに対する給付。

(注3)
ユダヤ・クレーム会議との合意に基づく拠出(92年、12.9億マルク)、
ナチス犠牲により戦後難民となった者に対するUNHCRとの合意に基づく拠出(0.69億マルク)及び
その他閣議決定等に基づき支払われた各種苛酷緩和措置等を含む。

(注4)今後さらに約230億マルクの追加支出が見込まれている。

http://ccce.web.fc2.com/imgk/oda.html

日本の戦後賠償に付いて

韓国の方からよく「日本は戦後賠償をまだしていない」と
誤解があるようなので資料を提示します。

日本がとってきた戦後補償の中身


(単位は億円)賠 償準賠償各種請求権
ビルマ(ミャンマー)720.000612.000 
スイス  12.0000
平和条約16条  45.0000
タ イ 96.00054.0000
デンマーク  7.2300
オランダ  36.0000
フィリピン1980.000  
スペイン  19.8000
フランス  16.7280
スウェーデン  5.0500
インドネシア803.088636.876 
ラオス 10.000 
カンボジア 15.000 
南ベトナム140.400  
イタリア  8.3305
英 国  5.0000
カナダ  0.0630
インド  0.0900
韓 国 1080.000 
ギリシャ  0.5823
オーストリア  0.0601
マレーシア 29.400 
シンガポール 29.400 
ミクロネシア 18.000 
北ベトナム 85.000 
ベトナム 50.000 
アルゼンチン  0.8316
モンゴル 50.000 
補償総額6565億9295万円  
在外資産の喪失3794億9900万円  
中間賠償1億6516万円

合 計1兆362億5711万円
(国立国会図書館外交防衛課作成の資料)
(借款は除外)



敗戦国となった日本は、六年間の米国を始めとする連合国の占領期間を経た後、
一九五一年(昭和二十六年)に、サンフランシスコ平和条約を結びました。

連合国五十五か国中、四十八か国と講和を結び、
多くの条約当事国は賠償請求権を放棄しました。

この条約とそれとは別に個別の国々と結んだ協定(二国間協定)で、
戦争で日本が与えた損害に対して賠償を行なう約束をし、戦後補償問題は決着しました。

日本が同条約に基づいて、戦後外国に支払った金と物は膨大なものであり、
当時の金額で一兆三百億円以上にのぼります。

中身は、
①賠償および無償経済協力(準賠償)、
②賠償とは法的性格を異にするが戦後処理的性格を有する贈与・借款、
③軍需工場など日本国内の資本設備を、かつて日本が支配した国に移転、譲渡する「中間賠償」、
④戦前、日本政府や企業、個人が海外に持っていた在外資産の諸外国への引き渡し、
の四つから成ります。

個別の国々と二国間協定

サンフランシスコ平和条約の十四条は「日本軍隊によって占領され、
日本国によって損害を与えられた連合国」が、
日本と二国間協定を結ぶことによって賠償が受けられることを規定しました。

該当する連合国とはフィリピン、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア、豪州、
オランダ、英国(香港、シンガポール)、米国(グアム、キスカ、アッツ)の九か国を指します。

ただ、大戦中はこれらの国は米、英、仏、オランダの植民地あるいは属領であり、
国際法上は独立国家ではありませんでした。

この内、ラオス、カンボジア、豪州、オランダ、英国、米国は賠償請求権を放棄または行使しませんでしたが、
ラオス、カンボジアとは経済・技術協力協定を結び賠償に代わる準賠償を行ってきました。

またこの九か国以外でも、スイスやアルゼンチンなどには
日本から受けた損害に対する賠償請求権が認めらました。

フィリピンには千九百八十億円、ベトナム(南ベトナム)には百四十億四千万円を支払いました。
北ベトナムに対しては七五年に八十五億円、
また七六年には統一後のベトナムを対象に五十億円の無償経済協力をしました。


役務賠償(人的支援)が途上国協力の原形

日本はサンフランシスコ条約に基づき、
金銭ではなく「役務および生産物」を中心として賠償を行うことが認められました。
これは発電所建設やダム建設、港湾建設、上水道建設、農業センター建設、船舶供与、
トラック供与などを、技術を持った日本人が中心になって建設などを支援したり、
生塵物を無償で経済協力することなどです。

アジア諸国にとっては、経済発展していくために、これらの長期的資本投資の役割は大きく、
役務賠償を受け取る国の経済発展と社会福祉の増進に極めて役立ちました。
また、途上国に対する今日の経済協力の原形を成しました。

その一方、この方式は、日本政府が日本企業に円を渡し、
企業が発電所やダム、上水道の建設、トラックや船舶などを相手国に提供するやり方をとったので、
日本にとっても多くの需要が生まれ、大きな経済効果となりラッキーでした。

役務賠償は結果的に日本企業にとって絶好の海外進出のチャンスになり、
日本と相手国との経済関係や人的交流を深め、日本のアジア地域における経済的基盤を整えました。
日本にとっては、国民の負担という面だけでなく、海外投資の役目も果たしてきたわけです。

日本が支払った賠償・準賠償は分割で支払っていますが、
敗戦後の貧しい中、当時国民が一生懸命働いて
膨大な賠償に応じてきたことも忘れてはなりません。
(協力/吉原恒雄・拓殖大学教授)
出典:日本時事評論 第1390号 平成12年12月8日
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/130324-1.html

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昭和20(1945)年、敗戦国となった日本は7年間の占領期間を経た後の昭和26年に、
サンフランシスコ条約を結んで連合55国ヶ国中48ヶ国と講和をしました。
この条約とそれに続く個別の国との協定で、
戦争で日本が与えた損害に対して賠償を行なうことを約束し、ここから戦後処理が始まったのです。

例えばフィリピンには賠償約1980億円、借款約900億円、
インドネシアには賠償約803億円、借款約1440億円を支払っています。

この他、別表にあるように、賠償、補償の総額は約3565億5千万円、
借款約2687億8千万円で併せて6253億円にのぼります。
これ以外にも事実上の賠償として、当時日本が海外に保有していた財産はすべて没収されました。

それは日本政府が海外にもっていた預金のほか鉄道、工場、建築物、
はては国民個人の預金、住宅までを含み、当時の計算で約1兆1千億円に達しています。

現在の経済大国、日本ではなく、戦後のまだ貧しい時代に、
時には国家予算の3割近くの賠償金を約束し、きちんと実行してきていたのです。
ちなみに昭和30年のスチュワーデスの初任給は7000円でした。

さて最近、韓国から個々人に補償を要求する動きが
新聞やテレビで報じられていますが、これについても一言ふれておきましょう。

昭和40(1965)年、日本と韓国は日韓基本条約を結び、
日本は無償で3億ドル(約1080億円)、有償で2億ドル(約720億円)、民間借款で3億ドルを支払いました。

そこで、日本が韓国内に持っていた財産を放棄することも含めて
「両国民の間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」としたのです。
民間借款を除いた5億ドルだけでも、当時の韓国の国家予算の1.45倍にあたる膨大な金額です。

韓国はこのお金の一部を「軍人・軍属・労務者として召集・徴集された」者で
死亡したものの遺族への補償に使いましたが、大部分を道路やダム・工場の建設など
国づくりに投資し「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げました。

韓国は日本から得たお金を個人補償として人々に分配することよりも、
全国民が豊かになることを選び、それが成功したのです。

そして韓国のとったこの行動は韓国自身が決めたことですから、
出した日本がその使い道にあれこれ言うことはできません。

ですから現在、日本政府に個人補償を訴える韓国人はこうした事実を知らなければなりませんし、
私たち日本人も貧しかった中で、
一生懸命働いて賠償要求に応じてきたという事実を知っておかなければなりません。

こういうたった30年ほど前の努力を知らない若い世代ほど、
“日本は金持ちになったのだから出し渋らず払えばイイ”などと無責任な発言をするのです。
一方、30~40年前に膨大な償いを課せられた60歳以上の人々は、これに反対するのは当然のことなのです。

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ドイツ人がかつて(ナチス時代)ドイツ領であった地域に所有していた資産の個人賠償の問題です。
ドイツは原則として個人賠償という原則を採用していることは、よく知られていることですが、
このことは裏返せば、ドイツ人にも個人賠償の原則が適用できるということです。

つまり、かつてドイツが侵略した地域ならびにドイツが失った
領土に存在していたドイツ人の資産に対しても個人賠償が適用されるということです。

実際、ドイツの賠償政策で日本であまり語られないことなのですが、
最も重要なのは、このドイツ人への個人賠償という問題なのです

ポーランド側がドイツ側から個人賠償を受け取るということは、
平和条約で賠償問題が解決されていない結果、逆もまたなりたたなければなりません。
つまりドイツ人が現在のポーランド領で喪失した資産は、その喪失した個人に対してなされなければなりません。

この喪った領土に第2次大戦敗戦まで居住していたドイツ人たちの一部は、
戦後、故郷を追われて居住することになった西ドイツで、
「被追放者同盟」Verband der Vertriebenenという圧力団体を組織し、
西ドイツに対してポーランドやロシアなどと東ドイツとの新国境を認めないように、
長い間圧力をかけてきました。

例えば、統一ドイツとポーランドとの間の国境確定条約(たしか90年)が締結されるまで、
ドイツの国営テレビARDやZDFの天気予報では、長い間、すでにポーランド領になっていた
シロンスク(シュレジェン)地方や東ポモージェ(後ポンメルン)地方などの天気予報をずっと行っていました。

これは、西ドイツがポーランドによる「ドイツ東部地方」の併合を認めないという
姿勢を明らかにするためにずっと行われてきたのであり、その背後にはこの「被追放者同盟」があったわけです。

こういった西ドイツでの領土回復運動を行いつつ、彼らはまた、ドイツ政府に対して賠償を求めてきました。
もちろん個人賠償です。その結果、西ドイツ政府は、彼らに対して、
喪失した領土に彼が所有していた資産に応じて賠償を支払うことになりました。
つまり、ポーランドが強制的に敵産(敵性資産)として接収したドイツ人の資産の賠償を、
ドイツ政府が肩代わりしたということです。

また、同様の問題はユダヤ人に対しても存在します。
つまり、戦前・戦中に現在ポーランド領となっている地域に資産を所有していたユダヤ人は、
個人賠償という原則に応じて、ポーランド政府に対して、その資産の返却を請求できるのです。

そして、この個人賠償という原則は、ドイツが戦後分断されたという特殊な事情によって
適用されているにもかかわらず、現在、おもにアメリカに居住しているユダヤ人たちは、
ポーランド政府に対して、かつてポーランドで所有していて(その後ナチスによって接収され)、
さらにそのあとポーランドから移住した際に(半)強制的に放棄されられた資産の返却を求めており、
その一部は現に返却され始めています。

ところで、日本の「民主的な」方々は、ドイツの個人賠償を礼賛しています。
しかし、ドイツは個人賠償を原則としているから、それを見習うべきだということを主張するのは、
実は日本政府のみならず、韓国政府にとっても実は不利なことなのです。

つまり、戦前「京城」(ソウル)や釜山に資産を所有していた日本人が、
「韓国政府が、個人賠償を原則とすると主張するのであれば、
俺たちにも韓国政府が個人賠償してくれ」と主張できることにもなってしまうのです。
そしてドイツ=ポーランド関係を模倣するのがすばらしいというのであれば、
このことを日本の民族主義者の側も主張できるのです。

つまり、かつてソウルで資産を持っていた
日本人(日本企業)を見つけてきて、彼にソウルで裁判を起こさせることもできるのです。

そうすれば、韓国の裁判所は、日韓基本条約で永久に日韓両国民の請求権は解決されるという
文言について、自分の立場を明らかにしなければならないことになります

このことについては、いうまでもないことですが、韓国政府は十分に認識しています。
もし個人賠償を原則とするのであれば、強制労働で働かされていた韓国人労働者の労働債権と、
日本人が戦前ソウルなどの諸都市で所有していた商店や住宅、
あるいは日本の旧財閥などが所有していた工場・農地その他の全資産の総額とを比較すれば、
どちらが多いかは一目瞭然です。

つまり日韓関係の原則として個人賠償をドイツのように採用することは、
強者を利することになってしまう可能性を内部に孕んでいるのです。


http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h11_2/jog118.html



Common Sense: 戦後補償の日独比較
_/ _/ _/ _/    ~ワイツゼッカーの苦衷~
_/ _/ _/ _/ _/_/             18,235部 H11.12.18
_/ _/ _/ _/ _/ _/ Japan On the Globe(118) 国際派日本人養成講座
_/_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

■1.戦後補償の日独比較■

ドイツは旧西独時代以来、ユダヤ人虐殺などへの個人補償
だけでも、円換算で総額約6兆円を支払ってきている。日本
がアジア諸国に払った賠償・準賠償はざっと6千億円[1]

この朝日新聞の挙げる数字は、ドイツは誠実に戦後補償に取り
組んでいるのに、日本は逃げている、誠実に謝罪し、賠償しない
から、いつまでもアジア諸国から信頼されないのだ、という主張
の根拠とされている。

これに対する反論をまとめれば、次のようになろう。

・ ユダヤ人600万人虐殺などというような犯罪を、日本は犯
していないから、補償金額の多寡を比較すること自体、無意
味だ。

・ ドイツはユダヤ人虐殺以外の戦時賠償をまだ完了しておらず、
まだこれからの段階。日本は北朝鮮以外のすべての関係国と
講和条約、平和条約を結び、正式に国家賠償が完了している。

どちらの主張が正しいのか、読者自身で考えていただくために、
以下のような基本的な事実を紹介したい。

■2.ナチスの犯罪■

まずドイツが補償したナチスの犯罪とはどのようなものだった
か、をまとめておこう。以下のような殺戮が行われた。[2,p95]

1. ドイツ国内の療養所、看護施設の病人、不具者、神経病院に
いるすべてのユダヤ人、3歳から13歳までの心身障害児童
など約10万人。

2. ドイツ国内、続いて東ヨーロッパの占領地域にいるジプシー
推定50万人程度。

3. ポーランド占領期間中の知識人、指導者層100万人以上。
(ヒットラーは、東方の非ドイツ系住民は、奴隷とするため
に小学校4年以上の教育は不必要としていた。)

4. ロシアの占領地域での同様な指導者層の殺戮。規模はポーラ
ンドより多いという程度しか分かっていない。

5. ユダヤ人絶滅を目指し、ドイツ国内、ポーランドその他占領
地域での推定600万人の虐殺。

■3.日本の戦争犯罪とナチス犯罪の違い■

これに対し、わが国が糾弾されている戦争犯罪とは、他国の
例でいえば、たとえば次のようなものである。

・ 米軍の都市空襲や原爆による一般市民への無差別攻撃
・ 中国保安隊による通州における2百数十名の日本人居留民
虐殺[3,p401]
・ 日本軍捕虜百数十名を飢えさせ、アミーバ赤痢をもった毛
蟹を食べるのを、それと知りながら傍観して病死させたイ
ギリス軍の捕虜虐待[4,p66]

戦争犯罪とは戦闘の過程で、国際法で定められた戦争のルー
ルを逸脱する事である。前項で述べたナチスの行為は、このよ
うな戦争犯罪ではない。それは自国民をも対象にしており、か
つ戦争開始前からすでに始められていた。それに数百万単位の
ユダヤ人を収容所に運ぶことは、輸送力の浪費であり、戦争遂
行にはマイナスであった。

ナチス犯罪は戦争行為の逸脱ではなく、特定の人種の抹殺や
奴隷化を目的として、戦力を阻害してまでも、計画的、合理的
に実行された国家犯罪なのである。

■4.罪が異なれば、賠償額が異なるのは当然■

ベルリンの小さな集会で、ナチの犯罪が話題となった時、大
学でドイツ語を教えている日本人教師が、日本にも捕虜収容所
があり、南京虐殺などの犯罪があった、と反省の言葉を語った。
その時にあるユダヤ人がこう言った。

アメリカにもイギリスにも日本にも収容所があったが、
一民族を根絶するために収容所を作って、それを冷酷かつ
合理的に運営した国はドイツの他には例がない。

その日本人は顔色なく、シュンとなってしまったそうである。
[2,p83]

わが国も、当然、戦争犯罪を犯している。しかしナチスのよ
うに、一民族を根絶すること自体を目的として、国家犯罪を犯
したことはない。

東京裁判で最大級の戦争犯罪と喧伝された南京事件において
も、被告・松井石根大将の訴因は「違反行為防止責任無視によ
る法規違反」、すなわち部下の戦争犯罪を防止する責任を果た
さなかったというものであり、ナチスのように組織的、計画的
に住民殺戮を行ったという事ではない。

冒頭の朝日の記事で、ドイツが個人補償を中心に6兆円支払
ったというのは、このナチスの犯罪に対してであって、それに
相当する罪をわが国は犯していないのだから、賠償額の多寡を
比較することは意味がないのである。

わが国の賠償額を少ないというためには、上に挙げた戦勝国
による同様の戦争犯罪と比較すべきである。これら戦勝国の戦
争犯罪は裁判もなく、謝罪もなく、補償もされていない。

■5.棚上げされてきたドイツの戦時賠償■

それでは、こうした戦争犯罪については、ドイツはどのよう
に取り組んできたのか?

当然、ドイツにも戦争犯罪がある。たとえば、1944年の記録
では、516万人のロシア兵が捕えられ、そのうち、47万3
千人が処刑され、3百万人が捕虜収容所で餓死したという。規
模はとてつもないが、これらは捕虜の不法処刑、虐待という戦
争犯罪のカテゴリーに属する。

実はドイツの戦時賠償は、ドイツ統一まで棚上げにされてき
ており、近年ようやく東欧諸国の請求交渉が始まった段階であ
る。たとえば、96年にはポーランドとの支払協定が完了したが、
強制労働に従事し、現在も生存している100万人に対して、
一人あたりわずか4万円の一時金が支払われることになった。
[5]

対戦国に対しては53年のロンドン会議で、約200億ドル
の賠償債務協定が結ばれたが、ユダヤ人への補償実施と引き換
えに、ドイツはこれまた補償請求を棚上げしてきた。

敗戦直後、ソ連をはじめ連合国側は、ドイツの工場施設
をはじめ海外資産、絵画や本まで、あらゆるものを持って
いった。英国などは、木まで伐採して持っていった。全部
で2千億マルクになる。ドルにして470億ドル、賠償予
定額の倍以上だ。いまさら賠償請求はないと思うが、これ
は万一の場合の、内部試算である。
(ドイツ大蔵省担当官)[6,p35]

このように、ナチス犯罪以外の賠償問題を、ドイツはうやむ
やのまま棚上げしてきた。そこをついて、世界ユダヤ教徒会議
などから、戦争中の強制労働への100億マルク(6千億円)
の補償要求が新たに出された。ドイツ政府と、ジーメンス、フ
ォルクスワーゲンなどの企業が、合計60億マルクの提示をし
たが、隔たりは大きく、交渉は難航している。[7]

冒頭の朝日の記事で、ドイツの補償が「ユダヤ人虐殺などへ
の個人補償だけでも6兆円」という裏には、実はナチス犯罪に
よる個人補償以外の戦時賠償をしてこなかった、という事実が
隠されている。ドイツの戦後清算は、まだまだこれからである。

■6.日本の戦時賠償■

これに対し、わが国はどうか。日本は昭和26年のサンフラ
ンシスコ条約において、米、英、仏、オーストラリアなど45
カ国との間で平和条約を締結した。ここでは連合国の請求権に
ついて次のように規定されている。

連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中
に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及び
その国民の他の請求権・・・を放棄する。

この代償として、わが国は海外で保有していた在外資産をす
べて放棄した。たとえば、満洲、朝鮮の鉄道、工場から、はて
は中国大陸やアメリカで、日本の企業や個人の保有していた建
物、設備、預金など、すべてがそれぞれの国に没収された。
その総額は終戦直後の日銀の大まかな試算では、1,111億ドル
とされている。1ドル10円換算で、1兆1千億円。現在価値
では、その数十倍にあたろう。

さらに中華民国、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど、
アジア各国に対し、一国ごとに日本は賠償を支払い、相手国は
請求権を放棄するという形で、正式な協定をもって解決してき
た。現在、この処理が終わっていないのは、北朝鮮だけである。

たとえば、昭和31年に結ばれたフィリピンとの賠償協定で
は、賠償・借款あわせて2880億円を20年分割で支払うことと
なった。この年の政府予算9900億円の3割近い規模である。す
べての国との賠償が完了したのが、昭和52年。支払い開始か
ら23年後であった。[6,p19]

この几帳面さと誠実さは、「いまさら賠償請求はないと思う
が」などというドイツの姿勢とは著しい対照をなしている。

■7.「罪」と「責任」の違い■

賠償の次に、ドイツの謝罪ぶりを見てみよう。

罪のある者もない者も、老若男女いずれを問わず、われ
われすべてが過去に責任を負っている。

このワイツゼッカー大統領の有名な「荒れ野の40年」とい
う演説を引き合いに出して、朝日新聞「声」欄は言う。

かえりみて、わが国戦後の歴代首相や閣僚は、日本の戦
争責任と、侵略を受けた諸国に対する明確な謝罪を、心を
込めて表明したことがあるだろうか。[8]

しかし、それほどドイツは誠実に謝罪しているのだろうか。
ワイツゼッカーの演説の「罪のある者もない者も」という部分
を見落とすべきではない。「罪」と「責任」を厳密に区別して
いる。この違いについて、ワイツゼッカーは、朝日新聞の記者
とのインタビューで次のように答えている。

人は自分に罪がないことにも、責任をとることができる。
例えば、私の自動車を他人が運転して事故を起こしても、
私は賠償責任を負う。[2,p326]

この区別と、次の言葉をあわせて、ようやくワイツゼッカー
の本音が見えてくる。

一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というよ
うなことはありません。罪といい、無実といい、集団的で
はなく個人的なものであります。

ワイツゼッカーの回りくどい主張はこう要約できよう。当時
のドイツは、ヒットラーに乗っ取られた車のようなものだ。そ
れが暴走して事故を起こした、その罪はヒットラーとナチス党
員の個人的なものである。車の所有者たるドイツ民族には、賠
償責任はあっても、罪はない。

■8.ワイツゼッカーの苦衷■

ナチスの犯罪はヒットラー個人の罪で、ドイツ民族の罪では
ない、という主張はやや強引だ。というのは、ヒットラーは暴
力で政権を奪取したのではなく、1937年の正規の国会選挙で、
得票率37.4%をとって第一党となり、世論の支持のもとに合法
的に権力についたのである。さらに戦後作られたナチ協力者の
リストは、1200万人にものぼった。

ワイツゼッカーの主張を、西尾幹二氏は「とかげのしっぽ切
り」と形容する。ナチスの罪を徹底的に追求されたら、国民全
体に及ぶ。なんとか、しっぽ切りで済ませて、本体を守ろうと
いう必死の弁明なのである。ワイツゼッカーを聖者として祭り
上げる前に、その苦衷に思いを致すべきではないか。

国家として、賠償責任は負うが、決して罪を認めない、とい
うドイツの必死の姿勢は見事なまでに一貫している。ユダヤ人
虐殺に対してイスラエルと結んだ協定でも、文面上は「故郷や
資産を失ったユダヤ人難民・犠牲者」を「イスラエル、ないし
は新たな祖国に受け入れさせていくための編入費用」とされて
いる。

直接謝罪もなしに、ドイツの善意による人道的援助という形
をとっていることに対して、ユダヤ人たちは怒り、補償金をも
らうべきではない、という批判すらあったという。

■9.「過去の清算」と外交基盤■

ドイツの苦渋に満ちた立場と比べて、北朝鮮以外のすべての
国と、講和条約できちんと処置を済ませてきた日本の立場はは
るかに恵まれている。ドイツへの強制労働補償要求に味をしめ
て、米人元捕虜などが日本企業に対して補償請求をはじめたが、
ドイツとは違って「連合国及びその国民の請求権」を放棄させ
たサンフランシスコ講和条約の壁が立ちはだかっている。

戦後の困難な時期にも関わらず、几帳面にすべての国と条約
を結び、誠実に賠償を果たしてきた先人の努力に、現在の日本
人は感謝すべきだろう。

近隣諸国との関係を語る際、今なお「過去」の清算の不
十分さが指摘される日本とドイツの相違は大きい。それが
外交基盤の強弱につながっている。[9]

という朝日の指摘は、事実も論理も転倒している。ドイツは
卓越した外交能力で、EUやNATOでリーダーシップをとり、
過去の清算の不十分さをカバーしつつ、近隣諸国との関係を築
いてきた。逆に日本は謝罪外交、ばらまき外交しかできず、せ
っかくの十分な過去の清算努力を無にして、一部の近隣諸国に
つけいられる隙を与えているのである。

我々は、ドイツの外交をこそ見習うべきであって、その不徹
底な「過去の清算」ぶりは見習うべきでなく、また、その必要
もない。両国の「過去」は本質的に異なるからである。

■参考■
1. 朝日新聞、H5.9.4
2.「異なる悲劇 日本とドイツ」、西尾幹二、文春文庫、H9.10
3.「大東亜戦争への道」、中村粲、展伝社、H2.12
4.「アーロン収容所」、会田雄二、中公新書、S37.11
5.「間違いだらけの戦後補償論」、中島繁樹、祖国と青年、H5.9
6.「戦後補償論は間違っている」、岡田邦宏、日本政策研究センター
H8.10
7.「ドイツ 難航する強制労働者補償問題」、世界日報、H11.11.26
8. 朝日新聞、「声」、H7.9.3
9. 朝日新聞、H5.2.27

■リンク■
★JOG(081) 松井石根大将
南京事件当時の司令官だった松井大将は古くからの日中提携論者
だった。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■118号「戦後補償の日独比較」について

恥ずかしながら、今回ワイツゼッカー大統領の「荒れ野の四十
年」の演説を初めて知ったのですが、その後に続く解説とあわせ
て思わずうなずいてしまうものがありました。「エクスキューズ
ミーは言ってもアイムソーリーはなかなか言わない」欧米人の典
型、と言ってしまえばそれまでですが、私は日本人政治家にワイ
ツゼッカー氏くらいの気概が欲しいものだと切に思います。国の
中枢から遠く離れた野党議員が、国外で謝罪の言葉を撒き散らし
それがさも日本全体の意思ででもあるかのように受けとめられる
のは迷惑千万、それほど補償に必要性を感じているのなら個人資
産をなげうって、勝手に自分一人ですればよろしいでしょうに、
などと思います。(Atsukoさん)

ユダヤ人虐殺だけがとりあげられることは、やはりおかしいと
思います。いうまでもなく超大国のアメリカを牛耳るのがユダヤ
人であるため、これほど一方的に断罪されるのでしょう。戦争犯
罪というと、刑法にのっとった正規の手続きのように感じられま
すが、結局民族間の闘争に過ぎないのだと思います。(Iさん)

どうも日本人は自分を卑下にしたがる性格があるような気がし
ます。やはり正しいことは、正しいと世界に対して主張すべきだ
と思います。人権・補償その他のことでも、相手に対してあいま
いな対応をしているから政治的にも利用されてしまうのではない
でしょうか? (Triiさん)

■ 編集長・伊勢雅臣より

今回は、多くの方々から、ご意見をいただきました。なるほど、
と思われる意見が多く、紙面の関係で、3名、それもごく一部の
紹介に限らせていただきました。

furukawaさんから、ドイツは日本に比べてきちんと謝罪してい
るから、近隣諸国との関係が良いと言われているが、事実はどう
なのか、というご質問をいただきました。本稿はこのご質問に関
する調査結果です。




http://soumoukukki.at.webry.info/201003/article_4.html


★ドイツの戦後賠償はユダヤ人に対する個人賠償だけで、国家賠償は全くして無い!
<< 作成日時 : 2010/03/07 06:26 >>


「◎ ドイツは個人補償はしていても国家賠償はなし

とかく知識不足のTVのコメンテーターは「ドイツを見習って補償をしろ!」と主張をするが、ドイツの戦後処理を知っているのだろうか。

その前にドイツと日本を同一視するのは誤りである。

何故なら日本はドイツのように国家施策として『ユダヤ民族・ジプシーの抹殺』はしていない。

・ユダヤ民族の浄化は戦争犯罪ではなく、民族闘争の国家犯罪である。

日本は一民族を根絶やしにするような国家犯罪はやっていないということをしっかり認識する必要がある。
戦後処理はドイツは個人補償を、日本は国家賠償を重視したのであってその経緯と違いを知る必要がある。

戦後補償に関する 日本とドイツの違いは何か。

◎ドイツ
1分断国家のため近隣諸国と講和条約を結んでいない。そのため国家間の賠償が出来ない。
2ドイツ国家がやった犯罪としてではなくナチスがやったこととしてすり替えた。
『連邦補償法』の国内法で外国人(主にユダヤ人)も補償 3個人補償を重点

◎日本
1賠償を規定した講和条約で処理
2国際法に基づく処理
3国家間の賠償を重視、個人補償は国家賠償に含めた。

●ドイツの戦後処理のやり方
ドイツは第1次大戦と第2次大戦の2つの賠償問題があった。
第1次大戦の過酷な賠償がナチスを生んだという反省から
1953年2月27日に 西ドイツ と 米・英はじめ西側の債権国19ヶ国 との間で ロンドン債務協定 が 結ばれた
ロンドン債務協定ではドイツが負っている借款を半減し、その総額145億マルク を1994年までに 返済すると定めた。
西ドイツ は この ロンドン債務協定 を 盾 に して 連合国 との 講和条約の締結 を ドイツ統一 まで 延期し 、講和条約の締結 までは 賠償問題も保留 としたのである。
1990年9月9日 、東西ドイツの外相 および ドイツ全体に対して責任を負う戦勝4ヶ国( 英米仏ソ連 ) が 最終規定条約 、いわゆる 2+4条約 を 締結した 。
統一ドイツは この 2+4条約 をもって 講和条約 とし 賠償問題は消滅した。
統一後ドイツは 2000年8月に 『記憶・責任・未来』 基金 という名の 補償基金 を 設立。 「強制労働者」 に対して 、 補償金 を キチン と 支払うことで 解決 を 図った のである 。
このような経緯で ドイツ は個人に対する保証金は払っているが、 賠償金 と 名のつくものは 一切 支払ってない 。

●アメリカに対する戦後処理
アメリカは請求権を放棄したことになっているが実は違うのです。
・在米日本資産の全てを没収 5千万ドル
・ 日本の占領に要する経費の全額 ?億ドル、いまに至るも2004年の在日米軍のページによれば、米軍駐留経費69億ドルのうちの49%を日本政府が負担している。
・ガリオア資金(日本に小麦、脱脂粉乳などを食料援助)、エロア資金(ペニシリンなどの医療援助)などは全て利子つきで返還を要求され、総額は5億8千万ドル(戦後処理支出の最高額)
※脱脂粉乳は無償で援助してくれたと思っていた人が多いのではありませんか。
実は何を隠そうこの私もガリオア・エロア資金は無償だと思っておりました。

●連合国は国際法に違反して在外資産を没収し、賠償とした
☆在外資産処理の原則
・戦勝国にある日本政府の公的資産通常賠償として没収
・私的資産の没収は国際法で厳禁(陸戦法規46条)
・中立国にある公的・私的資産はいずれも没収厳禁

○英国、オランダなどは自国の捕虜などに対する補償に、没収した自国内の日本資産を当てることなく中立国の日本資産(その他タイの特別円処理の資金)を充てた

○在韓の旧日本軍人・軍属 約8千人に対する処置
日本からの請求権資金5億ドルの中から韓国政府が1人当たり一時金として約19万円を支給(在日韓国人を除く)
日本はアジアの戦場になった地域の人々に対し、誠実に「戦後補償」をする事により責任を果たしてきたことを明快に主張すべきである。
ワイゼッカー元大統領演説に惑わされてはいけない。」
http://blog.livedoor.jp/wildhorse38/archives/18771427.html
----------------------------------

参考図書

「日本はもうドイツに学ばない?
20世紀の戦争をどう克服すべきか」
内容紹介
ドイツと日本は同じ敗戦国として、いつも比較されてきた。その典型は戦争責任問題である。確かにドイツではホロコーストを否定したら犯罪になる。しかし、この戦争犯罪はあくまでナチスのものであって、ドイツ人とはいっさい関わりがない。関係がないどころか、ドイツ人はナチスの被害者というのだ。あまり知られていないが、実はドイツの戦後賠償はユダヤ人に対してだけで、他の国々にはいっさい賠償していない。それがドイツの戦争責任問題の真実である。さらに、ベルリンの壁崩壊後の東ドイツの問題がドイツ人の精神構造を、きわめてゆがんだものにしている。この歴史認識におけるねじれが、じつはドイツのいまの政治・文化状況に複雑な陰影を与えているのである。こうしたドイツの歴史を背景として、政治・外交から教育問題、文学・音楽状況など多彩なテーマについて日本との比較を試みながら論じる。いまの日本人が顧みて自らの歴史と文化を考えるうえで大いに参考になる話が盛りだくさん。出色の日独比較文化論。」
http://www.tokuma.jp/book/tokumabooks/65e5672c306f3082304630a430c4306b5b66306a3044
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韓国に謝罪する義務も金銭を支払う責任も無い

日本と韓国は、同じ敵を相手に味方として共に戦争したが、敵対はしていない。
日本が加害者というならば、韓国も仲間として同じ戦争をしたので加害者になります。

韓国は植民地支配と言うが
朝鮮は伊藤博文を暗殺して大日本帝国の一部となった。

なぜ日本が韓国国民を奴隷にしたと非難されるか理解できない。
もし奴隷にしたならば、イギリスは共犯であり、アメリカは少なくとも従犯である。

日本の韓国での行動は全てイギリスの同盟国として「合法的に」行われたことだ。
国際関係の原則にのっとり、当時の最善の行動基準に従って行われたことである。
しかも原則は日本が作ったものではない。欧米列強が作った原則なのだ。

1910年、日本が韓国を併合したのは、韓国皇帝が「請願」したからだ。
歴史家は、日本は欧米列強から教わった国際関係の規則を、
実に細かいところまで几帳面に守っていた、とほめるのだ
ヘレン・ミアーズ氏(GHQメンバー)

それなのに国際的に見ても例外中の例外で
国家賠償から個人補償まで日韓基本条約で最終的かつ完全に解決しています。(協定第二条1)



日韓基本条約
1965年の日韓基本条約において
本来なら韓国に賠償要求が出来るけど韓国の経済発展を願って
無償で3億ドル、有償で2億ドル、民間借款で3億ドルを支払っている。合計して8億ドルである。
この金額は当時のものであるので、貨幣価値を今の時代に換算してみる。
また、8億ドルのうち3億の無償分のみに絞って考えてみる。

・(円換算)3億ドル×360円(当時1ドル=360円)=1080億ドル
・(物価換算)1080億円×10(当時の大卒初任給が約2万円)=1兆800億円

これを、韓国が主張する通りに、
強制連行労働者70万人、従軍慰安婦20万人の合計90万人の賠償対象者で割るとします
(強制連行、従軍慰安婦など実際はありませんが、
ここでは韓国の主張を100%飲んだ数字で算出します。)

・(強制徴用者被害者一人換算)1兆800億円÷90万人=120万円/人

これで比較できる金額が出ました。さて次はこれが高いかどうかです。
よく、ドイツは戦後十分な補償をしている。
ドイツを見習えとか言う人や新聞社がありますのドイツを参考にしましょう。
ドイツの強制労働者への賠償は、現在価値換算で一30万~80万で、
一番高いユダヤ人の奴隷労働者でも80万円である。
これで客観的に見ても日本の韓国に対する戦後賠償が非常に高い水準であったことがわかる。

尚、無償、有償あわせて合計8億ドルという額は
当時の韓国の国家予算の2.3倍であり、いかに高かったかが分かる。
ちなみにこの賠償額は、朝鮮半島全地域が対象であり、
韓国政府が「北朝鮮を統一したら北の人に支払うから北の分もくれ」と言って持って行った額である。

さらに、日本は戦前韓国に残した資産を放棄している。
これはインドが英国から独立したとき、イギリス人がインドに持っていた
個人資産が個人に返却されたという前例があるように、十分に戦後賠償として通用する行為である。
驚くべきはその額であり、総司令部民間財産管理局の調査では、軍事用資産を除き計53億ドルであった。
(大蔵省財政史室編『昭和財政史。終戦から講和まで』東洋経済新報社)

つまり、日本は韓国に対して戦前資産53億ドル、
戦後賠償8億ドルもの巨額の賠償を行っている。
そして日韓基本条約には、以下の言葉が記されている。
「戦後処理は完全かつ
最終的に解決されたこととなることを確認する」
(協定第二条1)



しかし条約締結の後、韓国は日本からの清算金を個人の賠償対象者に支払うことなく、
国家発展のために活用した。「漢江の奇跡」と言われた韓国の経済成長が韓国人の努力とともに、
この北朝鮮も対象として支払われた清算金を原動力としてなされたことは疑うべくもない。

そして韓国政府は驚くべきことにこの条約のことを国民に知らせていない。
個人に支払わず国家発展に流用したことを隠す為であろうか。
それとも反日感情をいつまでも煽る為であろうか。もしくはその両方か。

その為韓国人は未だに日本が賠償責任を果たしていないと思いこみ、憤慨し、
日本で終わった賠償問題について訴訟を起こしているのであり、
日本と韓国の間の大きな溝の一つはそこにある。
このことを韓国国民はもちろん、日本人も良く知る必要があると思う。
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/11256231.html


日本から韓国へのODA

「援助内容」ー「年月日」ー「援助金額」

韓国鉄道設備改良事業1966-06-08 39.6億円
韓国漢江鉄橋復旧事業1966-06-17 3.6億円
韓国建設機械改良事業1966-07-20 23.4億円
韓国水利干拓および浚渫事業1966-07-20 11.88億円
韓国海運振興事業1966-07-27 32.43億円
韓国中小企業および機械工業育成事業?1966-07-27 54.0億円
韓国鉄道設備改良事業(2)1967-03-23 33.65億円
韓国輸送および荷役機械改良事業1967-06-27 9.35億円
韓国光州市上水道事業?1967-07-11 6.05億円
韓国市外電話拡張事業?1967-07-11 3.60億円
韓国大田市上水道事業1967-07-11 5.90億円
韓国産業機械工場拡張事業1967-07-31 10.80億円
韓国昭陽江ダム建設事業1967-08-07 3.96億円
韓国中小企業および機械工業育成事業1967-08-07 26.69億円
韓国高速道路建設事業1968-06-26 10.80億円
韓国市外電話拡張事業1968-10-30 6.48億円
韓国昭陽江ダム建設事業1968-12-28 46.98億円
韓国高速道路建設事業1969-04-14 18.00億円
韓国農水産振興事業1969-06-19 8.92億円
韓国嶺東火力発電所建設事業?1969-09-01 6.41億円
韓国清州市上水道事業1969-12-04 3.24億円
韓国南海橋建設事業 1969-12-04 7.88億円
韓国昭陽江ダム建設事業1970-02-04 27.01億円
韓国市外電話拡張事業 1970-06-25 5.17億円
韓国総合製鉄事業 1971-07-16 28.80億円 浦項綜合製鉄(株)
韓国ソウル地下鉄建設および国鉄電化事業?1972-04-10 272.40億円
韓国総合製鉄事業?1972-05-01 107.49億円 浦項綜合製鉄(株)
韓国商品借款商品借款等?1972-09-18 77.00億円 大韓民国政府
韓国総合製鉄事業 1973-01-16 10.87億円 浦項綜合製鉄(株)
韓国通信施設拡張事業?1973-04-23 62.00億円
韓国漢江流域洪水予警報施設事業?1973-07-20 4.62億円
韓国商品借款?1974-05-13 77.00億円 大韓民国政府
韓国浦項総合製鉄所拡充事業?1974-05-22 127.88億円
韓国大清多目的ダム建設事業?1974-12-26 118.80億円
韓国農業総合開発事業 1974-12-26 194.40億円
韓国浦項総合製鉄所拡充事業?1975-07-30 2.25億円
韓国北坪港建設事業 ?1976-03-31 124.20億円
韓国忠北線復線化事業?1976-11-26 43.00億円
韓国通信施設拡張事業 ?1976-11-26 66.00億円
韓国農業振興計画 ?1977-06-10 126.00億円
韓国超高圧送電線建設事業 ?1977-11-28 40.00億円
韓国忠B多目的ダム建設事業?1978-01-20 140.00億円
韓国農業振興計画 1978-01-31 60.00億円
韓国医療施設拡充事業 ?1978-12-25 70.00億円
韓国農業総合開発事業? 1978-12-25 140.00億円 韓国電力(株)
韓国教育施設拡充事業 ?1980-01-18 100.00億円
韓国国公立医療及び保健研究機関近代化事業 ?1980-01-18 40.00億円
韓国都市下水処理施設建設事業 1980-01-18 50.00億円 建設部,大邱市,大田市,全州市
韓国教育施設(基礎科学分野)拡充事業?1981-02-27 60.00億円
韓国民間地域病院医療装備拡充事業 ?1981-02-27 130.00億円
韓国医療装備拡充事業(ソウル大学小児病院)1983-10-11 54.00億円
韓国下水処理場建設事業(ソウル炭川)?1983-10-11 115.00億円
韓国地方上水道拡張事業(釜山,ソウル,晋州)1983-10-11 78.00億円
韓国陜川多目的ダム建設事業?1983-10-11 204.00億円
韓国ソウル上水道施設近代化事業?1984-08-08 29.00億円
韓国下水処理場建設事業(ソウル中浪)?1984-08-08 167.00億円
韓国下水処理場建設事業(釜山)?1984-08-08 63.00億円
韓国気象関連設備近代化事業?1984-08-08 42.00億円
韓国国立保健院安全性研究センター事業?1984-08-08 24.00億円
韓国住岩多目的ダム建設事業?1984-08-08 111.00億円
韓国大田市上水道拡張事業社会的サービス?1984-08-08 22.00億円
韓国都市廃棄物処理施設建設事業1984-08-08 4.00億円大邱市、城南市
韓国農業水産試験研究設備近代化事業?1984-08-08 33.00億円
韓国医療施設拡充事業?1985-12-20 123.00億円
韓国下水処理場建設事業(釜山長林)?1985-12-20 92.60億円
韓国下水処理場建設事業(光州)?1985-12-20 75.60億円
韓国下水処理場建設事業(春川) ?1985-12-20 32.80億円
韓国化学研究用・計量標準研究用資機材補強事業 1985-12-20 27.00億円
韓国教育施設拡充事業?1985-12-20 152.00億円
韓国総合海洋調査船建造事業?1985-12-20 41.00億円
韓国昭陽江ダム建設事業1970-02-04 27.01億円
韓国市外電話拡張事業 1970-06-25 5.17億円
韓国総合製鉄事業 1971-07-16 28.80億円 浦項綜合製鉄(株)
韓国ソウル地下鉄建設および国鉄電化事業?1972-04-10 272.40億円
韓国総合製鉄事業?1972-05-01 107.49億円 浦項綜合製鉄(株)
韓国商品借款商品借款等?1972-09-18 77.00億円 大韓民国政府
韓国総合製鉄事業 1973-01-16 10.87億円 浦項綜合製鉄(株)
韓国通信施設拡張事業?1973-04-23 62.00億円
韓国漢江流域洪水予警報施設事業?1973-07-20 4.62億円
韓国商品借款?1974-05-13 77.00億円 大韓民国政府
韓国浦項総合製鉄所拡充事業?1974-05-22 127.88億円
韓国大清多目的ダム建設事業?1974-12-26 118.80億円
韓国農業総合開発事業 1974-12-26 194.40億円
韓国浦項総合製鉄所拡充事業?1975-07-30 2.25億円
韓国北坪港建設事業 ?1976-03-31 124.20億円
韓国忠北線復線化事業?1976-11-26 43.00億円
韓国通信施設拡張事業 ?1976-11-26 66.00億円
韓国農業振興計画 ?1977-06-10 126.00億円
韓国超高圧送電線建設事業 ?1977-11-28 40.00億円
韓国忠州多目的ダム建設事業?1978-01-20 140.00億円
韓国農業振興計画 1978-01-31 60.00億円
韓国医療施設拡充事業 ?1978-12-25 70.00億円
韓国農業総合開発事業? 1978-12-25 140.00億円 韓国電力(株)
韓国教育施設拡充事業 ?1980-01-18 100.00億円
韓国国公立医療及び保健研究機関近代化事業 ?1980-01-18 40.00億円
韓国都市下水処理施設建設事業 1980-01-18 50.00億円 建設部,大邱市,大田市,全州市
韓国教育施設(基礎科学分野)拡充事業?1981-02-27 60.00億円
韓国民間地域病院医療装備拡充事業 ?1981-02-27 130.00億円
韓国医療装備拡充事業(ソウル大学小児病院)1983-10-11 54.00億円
韓国下水処理場建設事業(ソウル炭川)?1983-10-11 115.00億円
韓国地方上水道拡張事業(釜山,ソウル,晋州)1983-10-11 78.00億円
韓国陜川多目的ダム建設事業?1983-10-11 204.00億円
韓国ソウル上水道施設近代化事業?1984-08-08 29.00億円
韓国下水処理場建設事業(ソウル中浪)?1984-08-08 167.00億円
韓国下水処理場建設事業(釜山)?1984-08-08 63.00億円
韓国気象関連設備近代化事業?1984-08-08 42.00億円
韓国国立保健院安全性研究センター事業?1984-08-08 24.00億円
韓国住岩多目的ダム建設事業?1984-08-08 111.00億円
韓国大田市上水道拡張事業社会的サービス?1984-08-08 22.00億円
韓国都市廃棄物処理施設建設事業1984-08-08 4.00億円大邱市、城南市
韓国農業水産試験研究設備近代化事業?1984-08-08 33.00億円
韓国医療施設拡充事業?1985-12-20 123.00億円
韓国下水処理場建設事業(釜山長林)?1985-12-20 92.60億円
韓国下水処理場建設事業(光州)?1985-12-20 75.60億円
韓国下水処理場建設事業(春川) ?1985-12-20 32.80億円
韓国化学研究用・計量標準研究用資機材補強事業 1985-12-20 27.00億円
韓国教育施設拡充事業?1985-12-20 152.00億円
韓国総合海洋調査船建造事業?1985-12-20 41.00億円
韓国教育施設拡充事業?1987-08-18 129.11億円 文教部,国立科学館
韓国中小企業近代化事業?1987-08-18 77.50億円
韓国農業機械化事業?1987-08-18 77.50億円 全国農業協同組合中央会
韓国廃棄物処理施設建設事業 1987-08-18 53.72億円 大邱市、城南市
韓国酪農施設改善事業?1987-08-18 38.75億円 ソウル牛乳協同組合
韓国臨河多目的ダム建設事業 1987-08-18 69.75億円
韓国蔚山市都市開発事業(鉄道部門)?1988-06-22 44.40億円
韓国栄山江3-1地区防潮堤事業 ?1988-06-22 44.40億円
韓国下水処理場建設事業(済州・清州)?1988-06-22 41.59億円
韓国教育施設拡充事業 ? 1988-06-22 5920億円
韓国研究所施設拡充事業 1988-06-22 26.79億円 韓国遺伝工学,機械,電子通信,化学研究所
韓国私立大付属病院施設拡充事業 1988-06-22 56.24億円 梨ヤ女子大学,中央大学,漢陽大学,高麗大学,東亜大学
韓国大田上水道拡張事業 1989-08-22 14.34億円
韓国中小企業近代化事業?1989-08-22 62.00億円 国民銀行
韓国ソウル地下鉄建設事業 ?1990-10-31 720.00億円
韓国医療装備拡充事業(ソウル大学校病院)?1990-10-31 43.20億円
韓国水産・商船学校練習船装備拡充事業? 1990-10-31 21.60億円
韓国中小企業近代化事業 ?1990-10-31 115.20億円
韓国肉加工施設拡充事業 ?1990-10-31 17.28億円 畜産業協同組合中央会
韓国配合飼料工場建設事業 1990-10-31 54.14億円 畜産業協同組合中央会
韓国酪農施設改善事業 ?1990-10-31 24.48億円 畜産業協同組合中央会

追記資料1 韓国へのODA実績累計 (98年まで)

贈与                  政府貸与         
無償資金協力  技術協力       支出総額       

累計 233.84    913.72         3,601.54        

単位は、100万ドル(一億円)

※1965年の日韓基本条約にて日本から韓国へ支払った
5億ドルは除く

※単位・金銭はすべて、日韓基本条約締結後援助が開始された
1966年当時のものそのまま。
現代の価値に換算すると総額は2~3兆円規模になる。
http://plaza.rakuten.co.jp/nwaiwgp/diary/200501100000/
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/130324-1.html
http://oasis.halfmoon.jp/traveldia2/china01/oda.html
日本国外務省: [ODA] ODAとは? 国別援助実績(1990年までの実績) 韓国
日本国外務省: [ODA] ODAとは? 国別援助実績(1991年~1998年の実績) [3] 韓国


戦後~近現代

日韓基本条約での個人補償も、韓国政府はそのほとんどをインフラ整備と産業育成に使い、
「漢江の奇跡」と呼ばれる朴政権下の急速な経済成長に寄与した。
1973年竣工の浦項総合製鉄は、日本の新日本製鉄から借款と技術提供を受けて着工されました。
また、造船技術を伝授したり、現代自動車も同様に三菱自動車の技術支援で設立されてます。
朴政権の初期においては極度のナショナリズムに基づく政策がとられ、
外国資本の投資はあまり認められなかった。しかし、投資資金として外資借入を急増させて言った。
そのうちのあるものは無理な設備投資がたたって倒産するなど
「不実企業整理」問題(1965年5月~8月)の原因ともなった。
66年に「外資導入促進法」制定してから徐々に開放政策が採られた。


国内での貯蓄に乏しかった当時の韓国においては、民間銀行は短期資金の貸し出ししかできず、
設備投資のような長期資金は外国からの借入に依存した。
それを政府や銀行が支払い保障をおこなうという形で、設備投資が「特権企業」中心に強行されていった。



日本の金融機関から融資を受けていた主な企業(内は国内シェア)は、

韓国ガラス(100%)、韓国アルミ工業(100%)、鮮京化繊(アセテート100%、ポリエステル56%)。
韓一合成繊維(アクリル原綿84%)、東洋工業(ギアー80%)、韓国ベアリング(80%)、
豊農肥料(熔成燐肥69%)、大韓造船公社(新造船65%)、
連合鉄鋼工業(冷延薄板57%)、高麗合繊(ポリプロピレン繊維55%)、
韓国肥料(尿素49%)、双龍セメント(49%)

など政府保護の下に高い独占的あるいは寡占的シェアを有していた。



日韓国交正常化協定が1965年6月22日に締結されたことも、
日本からの借入金導入に拍車をかけることとなった。
無償3億ドル、有償2億ドル計5億ドルの「供与」が決められた。

70年1月に「輸出自由地域設置法」が制定され馬山輸出自由地域(工業団地)が設置された。
ここには日系企業が大挙して進出したが、その大部分が失敗した。原因は労働争議であった。



韓国を代表する製鉄所、浦項製鉄所(POSCO)は
日本からの独立祝賀金で1970年代前半に完成した。
浦項製鉄所も、日本からの資金援助と技術援助があって完成した。

そして、1970年代後半には脱硫設備(イオウを除去する設備)、
80年代には熔湯処理装置(熔けている鉄を扱う設備)や粉砕炭投入設備が、
90年代には鋳造機や電気亜鉛メッキ設備が日本の会社から納入されている。



ソウル地下鉄は、1998 年6 月現在、合計7 つの路線により、一日平均約450 万人の乗客を輸送し、
ソウル市の一日交通量の約40%を分担する交通機関となっている。

また営業路線の総延長は、183.6 km におよび、
ソウル市内のみならず郊外へも延伸され、ソウル首都圏住民の生活に不可欠な存在となっている。

韓国では、ソウル特別市に1974年8月15日、地下鉄(9.5km)が開通し、
これと同時に韓国国鉄のソウル特別市近郊線に、計98.6kmの電化が完成し、
地下鉄と韓国国鉄との相互直通運転が行われることとなった。

この建設に当たって日本は、8,000万ドルの借款を供与し、
技術面では、数次にわたる調査団と長期にわたり現地指導に当たる
15名の専門家を派遣するとともに、又鉄道要員60名の国内研修を実施してきた。

その後、ソウルの地下鉄ネットワークは2 ・3 ・4 号線の建設による第一計画段階(Phase-1 )を経て、
1990 年代初めより新技術による第二計画段階(Phase-2)に入った。
その時点で日本政府は韓国からの再度の協力要請を受け、
OECF(海外経済協力基金)は地下鉄3 ・4 号線の延長と5 号線の新
規建設を対象とする部分に円借款を供与することとなった。


★ 日韓間の技術提携の一例
日本側企業 韓国側企業 技術提携内容
松下電器産業 亜南電気 カラーTV、オーディオ製品に関する技術
日本ビクター 金星社 VHS方式VTRの特許及び製造技術
日本ビクター 三星電子 VHS方式VTRの特許及び製造技術
東芝 韓国電子 TV・オーディオ用バイポーラICの設計・製造に関する技術及び、両技術者の受け入れ派遣
シャープ 三星半導体 IC製造技術
久保田鉄工 江産産業 上下水道用・中・大型バルブの製造技術
小林コーセー ジャリア 化粧品に関する製造技術
ヤンマー・ディーゼル 双龍重工業 中・大型船舶用ディーゼルエンジンに関する技術
東芝 金星通信 X線診断装置、超音波診断装置に関する技術
キャノン ロッテ産業 高性能乾式複写機に関する技術
ソニー 現代電子 VTRの製造技術
日立造船 韓国重工業 船舶用エンジン製造に関する技術
日本精糖 第一精糖 製糖工場の自動化に関する技術

その他、韓国に移転された主要な技術
家電製品 VTR、カラーTV、白黒TV、オーディオ、ラジオ、冷蔵庫、エアコン、電気洗濯機、テープレコーダー、ステレオ、カセットデッキ、カセットテープ、等
産業設備 総合製鉄工場、NC工作機械、IC製造技術、自動織機、ボールベアリング、ローラーベアリング、フォーク・リフト、エレベーター、エスカレーター、コンピューター、工業用ミシン、溶接機、公害防止設備、水処理設備、X線診断装置、等
運送機械 大型タンカー、船用ディーゼルエンジン、造船ドック施設、鉄道車両、鉄道用ブレーキ、オートバイ、自動車用バッテリー、アクセル、トランスミッション、ジョイント、ステアリング、サスペンション、各種消防車、等
通信機械 同軸ケーブル、公衆電話、無線送受信機、漁業用通信機、放送用通信機、VHF送受信機、キー、テレホン、等
雑貨 双眼鏡、腕時計、万年筆、ゴルフ用具、釣り用具、ボールペン、化粧品、等
松本厚治氏作成、出典。現代コリア1984年10月号



韓国の通貨危機(IMF)を救った日本
1997年、韓国政府が破産。
先進各国は「韓国をサポートする必要は無い」と断言しました。
そのまま推移すれば、韓国は北朝鮮の生活水準に転落した筈でしたが、
旧宗主国である日本政府は韓国の窮状を見かねて、
韓国通貨ウォンを保証して韓国を国家破産から救い出しました。
韓国の通貨危機の実態と日本の対韓支援
韓国が通貨危機に際して1997年12月4日にIMFと合意した金融支援は総額550億ドル。

この内訳は
国際通貨基金 210億ドル
世界銀行 100億ドル
アジア開発銀行 40億ドル
日本 100億ドル
アメリカ 50億ドル
その他 50億ドル
http://kccn.konan-u.ac.jp/keizai/asia/05/01.html
韓国の通貨危機克服には、実は日本の政治力が大きく貢献しています。
上記の支援が発表されてもウォンの暴落は止まらなかったんだけど、
その後、日本政府が迅速に邦銀から債務の返済期限繰延の約束を取り付け、
欧米系銀行の同調を引き出して初めてその暴落が止まっている。

要するに、
韓国政府がIMFに約束しただけでは信用は回復しなかったわけで、
「韓国は日本がbackで支えている」ことが示されて初めて一息つけたコトになる。

その他にも 地下鉄建設やワールドカップスタジアムの建設など、
戦後も多くの援助をしているが、それについても韓国国民は知らされていない。
日本は北朝鮮に対しても食糧援助をしているが、
これまた北朝鮮の国民はその事実を知らない。
京城の最初の地下鉄は日本が造ったものです。

W杯時、日本の1/10以下の経済規模でしかない韓国では
スタジアムが建設できなかったので、日本に建設を頼んできました。

しかし、日本に援助してもらうというのは自尊心の理由で
「日本が第3機関に援助→その機関が韓国サッカー協会に援助」という馬鹿な形態を日本に要請しました。
(援助する側が配慮するというのがスゴイですが。。)


韓国借金は返さないお礼は言わない▲ 画像クリックでスタートします。


東日本大震災の復興は進まないのに
日本国民には消費税増税
「韓国」には(約5兆3600億円)贈呈
この様な巨額な金を外国には使えて、どうして日本の為には使えないのでしょうか?
SANKEI DIGITAL / 魚拓 / 日韓通貨スワップ協定を拡大しても感謝されない日本 / 魚拓

野田首相が10月19日、ソウルで行われた李明博(イミョンバク)大統領との会談にて、
韓国への資金支援枠を現行130億ドルの5倍以上の、
700億ドル(約5兆3600億円)で拡大する合意をまとめた。

韓国には現在までに
莫大な資金援助をしています
韓国からの感謝の言葉は一言もありません

画像クリックで拡大

月刊誌『Voice』2013年04月18日
朴槿惠大統領「親日幻想」に騙されるな―呉善花(拓殖大学教授)
(一部抜粋)

韓国人は日本人をお金としかみていない。
ゆえに無条件に「こちらを助けてくれるでしょう」というスタンスでくる。
しかも、助ければ感謝の気持ちをもたれるかというと、そうでもない。
逆に、小さな援助では「私の価値はこれしかないのか」と、さらに怒ってくるほどだ。

日本人は、汗も流さないでタダで助けてもらうことはみっともないと感じる。
だが韓国人は、汗をかかないでタダで助けてもらえれば、それは自分に力があるからだと考える。
これは政治も同じで、韓国を助ければ「助けるほどの価値がこちらにある」
「助けないとあなたが困るからだ」と考える。

だから助けたとしても絶対に感謝を表明しない。謝罪も同じで、
心を込めて謝るといったことは通用せず、「では、その気持ちを金で表せ」といってくる。
そしていったん助けたら一生、お金を出し続けなければいけない。

日本は韓国に何も悪い事・卑怯な事はしていないのに謝罪をしすぎました
韓国に謝罪をしても、その謝罪以上の謝罪を求めてきます。

国際認識では謝罪を行うことは悪いことをしたので謝ったと受け取られます。

日本、歴代首相による謝罪

1982(昭和57)年
8月24日 鈴木善幸首相〔教科書問題での記者会見〕
「過去の戦争を通じ、重大な損害を与えた責任を深く痛感している」
「『侵略』という批判もあることは認識する必要がある」

1983(昭和58)年
1月 中曽根康弘首相
「両国関係は、遺憾ながら過去の歴史において不幸な歴史があったのは事実であり、
これを厳粛に受け止めなければならない」

1984(昭和59)年
9月7日 昭和天皇〔全斗カン大統領来日、宮中晩餐会〕
「今世紀の一時期において、不幸な過去が存在したことは、まことに遺憾」
中曽根康弘首相〔歓迎昼食会〕
「貴国および貴国民に多大な困難をもたらした」
「深い遺憾の念を覚える」

1990(平成2)年
3月 中山太郎外相
サハリン残留韓国・朝鮮人問題に関するによる謝罪答弁
5月25日 海部俊樹首相〔第1回首脳会談〕
「過去の一時期、朝鮮半島の方々が、我が国の行為により耐えがたい苦しみと悲しみを体験されたことについて、
謙虚に反省し、率直にお詫びの気持ちを申し述べたい」
5月 今上天皇
「わが国によってもたらされたこの不幸な時期に、
貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」

1992(平成4)年
1月17日 宮沢喜一首相〔訪韓、従軍慰安婦問題で〕
「筆舌に尽くしがたい辛酸を舐められた方々に衷心よりお詫びし反省したい」
「胸がつまる重い」

1993(平成5)年
8月11日 細川護煕首相〔首相就任後、初の内閣記者との会見〕
「先の戦争は侵略戦争」
11月7日 細川護煕首相〔訪韓(慶州のみ、滞在22時間)〕
「わが国の植民地支配によって、朝鮮半島の方々が、母国語教育の機会を奪われたり、姓名を日本式に改名させられたり、従軍慰安婦、徴用などで、耐えがたい苦しみと悲しみを体験された事に加害者として、心より反省し、陳謝したい。」

★1994(平成6)年
7月24日 村山富市首相〔訪韓〕
「心からのお詫びと厳しい反省の気持ちを申し上げたい」

1995(平成7)年
8月15日 村山富市首相〔戦後50年にあたっての首相談話〕
「遠くない過去の一時期、国策を誤り、植民地支配と侵略によって、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた。この歴史事実を謙虚に受け止め、痛切な反省の意を表明し、心からお詫びの気持ちを表明する」

1996(平成8)年
6月 橋本龍太郎首相
「創始改名などが、いかに多くの韓国の方の心を傷付けたかは想像に余る」
「(従軍慰安婦問題について)これほどの女性の名誉と尊厳を傷付けた問題はない。心からお詫びと反省の言葉を申し上げたい。」

1998(平成10)年
4月3日 橋本龍太郎首相〔アジア欧州会議での日韓首脳会談(ロンドン)〕
歴史問題は語らず、「日韓パートナーシップ」を提言
10月8日 今上天皇〔金大中大統領、訪日〕
「わが国が朝鮮半島の人々に大きな苦しみを与えた時代…深い悲しみ」
小渕恵三首相〔「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」共同宣言〕
「韓国国民に対し、痛切な反省と心からのお詫び」。
韓国国民に向けた「お詫び」を公式文書に明記。金大統領はこれを評価

2001(平成12)年
11月18日小泉純一郎首相は
就任後初めて韓国を訪れ、植民地時代に独立運動家らが投獄された
刑務所跡地にある西大門独立公園を訪れ、「心からの反省とおわび」を記者団に語った。
金大中大統領は首相の「おわび」を高く評価し、その実践を要望した。

2010(平成22)年
8月10日菅直人首相
過去の朝鮮半島の「植民地支配」に関し、
「多大の損害と苦痛に対し、改めて痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明し、
李氏朝鮮時代の儀典書「朝鮮王室儀軌」など朝鮮半島由来の図書を韓国に「お渡ししたい」と明言した。
全文(データベース「世界と日本」)

日本は例外中の例外
武力で侵略したわけではない。世界が認める形で
そして、朝鮮もそれを望んで日本は朝鮮を併合した。
また、併合慎重派の伊藤博文が安重根に暗殺された事により併合が早まった。
当時は日本だった半島で、日本国民だった朝鮮人を日本の法律に従って扱っただけ、
何も違法ではないし、人道的に非難もされていない。
だから本来は韓国に謝罪する義務も金銭を支払う責任も無い
日本はナチスと違って民族抹殺などしていないし、逆に近代化して人口を大幅に増やしたほどだ。
ホロコーストとは全く違うのに無理矢理同一視して「だから我々朝鮮人は酷い目にあったに違いない」と、
根拠も証拠も無いのに決め付けている。何かといえば「ドイツを見習え」と声高に叫ぶが、
韓国が国定教科書で教えている酷い行為を大日本帝国が行っていなかったことは明らかになっているし、

逆に日本は半島に投資して生活を豊かにしてやったほどだ。
これだけでも日本が半島に対して賠償金を出す理由はない。
西洋諸国で、植民地が独立した時に賠償金を支払った宗主国は存在しない
敗戦国のドイツですら植民地には何も支払っていない。
それどころか、オランダなどはインドネシアの独立の時に60億$を請求し、
オランダ人がインドネシアに所有してきた農場などの土地財産は保全すること、
スマトラ油田を開発するのにかかった費用は弁済することなどをインドネシアに要求してきた。

その他の西洋諸国も同様で、独立した植民地には何もしないか独立費の要求などをしている。
独立させた上に賠償金まで支払っている日本は、本当に例外中の例外だと認識しなければならない。

こんなことは自分たちで独立を勝ち取った東南アジアの人達には分かりすぎるほど分かっている。
だから彼らは日本に対して今さら何も求めないし、反日行為はしない。
でも自分たちでは何もせずに独立させて貰っただけの韓国は、
そんな常識すら理解できずに「とにかく日本は金を払え」としか考えない

「日本はドイツに学べ!」・・?というなら、韓国こそオーストリアに学ぶべき!
台湾と朝鮮は、1945年までは「日本」だった。
しかし、台湾に大日本帝国の責任はない。
何故か?

台湾は清から日本に割譲された土地であり、大日本帝国に参画した責任がないからだ。
しかし、朝鮮は1910年の併合条約で朝鮮王朝、朝鮮政府の意思に基づいて大日本帝国に参画した。

また台湾人は、参政権&被参政権を得ることも、日本軍の士官になる事も出来なかった。
ところが、朝鮮人は、日本に暮らしさえすれば参政権&被参政権を得ることができた。
その為、2回も代議士になった朴春琴(paku chungumu) や帝国議会の貴族院にいた朴泳孝(paku yonhyo)を初め、 戦争末期には、何と7人の朝鮮人が帝国議会の議席を得ていたのだ。
もちろん、参政権だけではない。

朝鮮人は、志願制が導入される以前から、士官学校に入学して、日本軍の士官になる事も許されていた。

朝鮮人将校で有名な人は、1980から85年まで駐日大使を務めた崔慶禄(che・gyonroku)がいる。
彼は、士官学校に合格したにも関わらず、戦場に行くことを望み、日本軍に志願した。
そして、第20師団参謀長・ono takeoに見込まれると、ニューギニア戦線で活躍し、少尉にまで昇格した。
さらに有名な朝鮮人将校といえば、洪思翊(hon sakui)がいる。 彼は日本陸軍の中将にまで上り詰めていたのだ。
この通り、韓国は被害者ではなく日本の戦争に加担した加害者だった。

ところが、韓国は「朝鮮は植民地だった」と嘘をつき、責任逃れを続けている。
ドイツに併合されていたオーストリアは、加害者であることを認め、謝罪した。
しかもオーストリアは1938年から僅か6年の併合期間であり、ドイツの軍事侵攻による併合なのだ!
日韓併合のような、正式な手続きを踏んだものではない。
ところが、日本に正式な手続きを経て併合されていた韓国は、一度も謝罪していない。

1ウォンも賠償していない。韓国は、歴史捏造によって、被害者を演じる卑怯者である。

※ドイツと日本帝国の罪科は異なる。
※韓国人は「被害者」の資格が無い。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/sengohosyo.html


『謝罪するいわれは何もない』
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/shazai/index.html
朝鮮は日本の植民地になったお陰で生活水準がみるみる向上した
http://www.tsukurukai.com/07_fumi/text_fumi/fumi41_text02.html
元韓国・仁荷大学教授 朴贊雄

「朝鮮半島への補償」に対する重大なる疑問
http://www.ncn-t.net/kunistok/kumata-kitamondai.htm

英の学者ら「日韓併合不法論」支持せず
http://homepage1.nifty.com/okotanpe/05i-x12.htm
世界の目から見ても当時の日韓併合は合法のもと行われたとのこと。

アメリカが欲しがるのが「金だけ」なのに対して、謝罪するいわれは何もない中国や韓国は
「金も、領土も、技術も、権力も、資源も、そして歴史までも」要求する。
それに応じ日本政府はその度に対応しているのは、何故かを考えなくてはならない。




http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/koushou.html

日朝交渉に当たって
                                 杉本 幹夫 2000.11.02改訂
 
北朝鮮との交渉が始まった。北朝鮮は過去についての謝罪と補償を強く求めている。これについての対応について考えてみる。

 日本は細川首相、村山首相の謝罪発言は踏襲せざるを得ない。
しかし北朝鮮は交戦国ではない。日本から分離独立した国である。従って賠償には応ぜられない。
又韓国との交渉経過を無視できない。この交渉経緯より、被徴用者の未払い賃金の支払い等各種請求権問題、経済協力には応じられるが、補償・賠償と言う話は受けられない。北朝鮮に補償・賠償と言うことになると、韓国との交渉に波及する。

当時、韓国は朝鮮全体を代表する立場で交渉に当たった。
1949年韓国政府が、対日賠償要求調書として連合軍総司令部に出した賠償要求額は当時のドル(1ドル15円)で21億ドルプラス各種現物返還であった。一方日本が朝鮮に置いてきた資産は色々な数字があり明確ではないが、在外財産調査会が47年頃まとめた「賠償関係資料」によれば、軍事用資産・個人資産を除き約47億ドルであった。又総司令部民間財産管理局の調査では、軍事用資産を除き、北鮮30億ドル、南鮮23億ドル・計53億ドルであった。(大蔵省財政史室編『昭和財政史。終戦から講和まで』東洋経済新報社)
従って日本が朝鮮に残した資産でお釣りが来るとの判断であった。

又インドが英国から独立したとき、イギリス人がインドに持っていた個人資産は個人に返却された。その例から、日本人個人の持っていた資産6-8億ドルは日本側に請求権があると主張した。一方韓国が1961年具体的な請求権として要求した金額は、日本の証券、通貨、被徴用者の未払い賃金、恩給等8項目の総額は約4億ドルであり、その内3.6億ドルは被徴用者に対する補償であった。十分韓国側の要求にお釣りが来る金額である。

以上の理由により、日本は韓国に補償する必要を全く感じていなかった。従って日韓基本条約では経済協力の名目でお金を支払い、妥結したのである。尚韓国は請求権としてこのように多額な金額を要求しながら、個人に支払った金額は僅か1600万ドルに過ぎない。要するに韓国が個人の被害を言い立てても、この程度に過ぎないのである。日本が置いてきた各種資産と比較して欲しい。

ドイツとの比較から日本は個人賠償すべきだという意見がある。日韓基本条約の後、韓国が戦争による死亡者の遺族に支払った補償金は一人当たり30万ウォン(約19万円)で、これは当時の韓国兵の殉職者に支払われた金額に等しい。この数倍の金が日本から直接支払われたら、韓国政府の立場はどうなるか、韓国兵の殉職者の遺族はどう思うか。そのように考えると軽々に「国家賠償ではなく、個人補償すべきである」との意見には承伏できない。

尚1953年有名な「日本は良いこともした」との久保田発言で決裂したとき、日本の世論は圧倒的に久保田発言を支持した。朝日新聞も「韓国の言い分は無理ではないか」という論文を掲載している。雑誌世界ではこの問題を取り上げていない。国会でも韓国政府の日本批判を取り消すよう求める決議案を満場一致で可決している。

私も韓国・北朝鮮にわびる必要は全くないと思っている。日本が朝鮮を支配することにより、彼らは具体的にどのような被害を受けたというのであろうか。土地の略奪が言われるが、これは併合前から続いている韓国政府と民間の所有権争いで、韓国政府に軍配を上げたに過ぎない。韓国教科書では農地の40%も略奪されたと書いているが、実際は一桁少ない3-4%に過ぎない。姓を奪ったと言われるが、同姓娶らずは民事令の改正でも残っている。姓を残さなければ、「同姓娶らず」はチェックしようがない。日本は姓の他に家族名として氏を創っただけであり、強制がなかったことは道知事に朝鮮名の人が数人残っていることからも明らかである。知事が改名しなくてどうして他の人に強制できるか。3.1事件の残虐さが非難されるが、この首謀者の中の何人かが後に熱血的に日本崇拝者になっていることをどう考えるのか。詳細は「正せ!日韓歴史教科書の誤 謬と偏見」を読んで頂きたい。

謝罪の必要の有無については、同じような支配を受けていた台湾人の評価も考えてみるべきである。台湾は朝鮮に比べ極めて虐待されていた。理由は支那人だからである。例えば日本の村長に当たるポストは、朝鮮では基本的に朝鮮人であった。それに対し台湾では台湾人が登用された例は殆どない。県知事クラスのポストも朝鮮では13人中、常に5-6人が朝鮮人であった。それに対し台湾ではこのクラスに台湾人が登用された例は皆無である。又陸軍士官学校への入学は許されず、創氏改名に当たっても、台湾では日本人と紛らわしくなるとの理由で、資格審査が厳しく、僅か5%位の人が認められただけである。

その台湾が日本統治を高く評価している。その事を韓国人・朝鮮人はどのように考えるのか。中国は広い国である。北京語と台湾語は英語とドイツ語くらいの違いがあると言われる。北京語は台湾では全く通用しない。従って蒋介石政権は台湾人にとり、やはり異民族支配であったのである。その為日本の統治を公平に評価できたのである。その結果同じような条件の海南島との比較で、日本の統治を正当に評価している。それに対し韓国は反日を煽る事により、民族主義を鼓吹し発展した国である。

又戦後数多い元植民地で先進国の仲間入りしたのは、日本の統治を受けた韓国・台湾だけである。シンガポール・香港は発展力の弱い農村部を抱えていないので、同列に比較することはできない。何故この二国だけがこのように発展できたのか。今日アメリカの政策はグローバル・スタンダートとして幅をきかせている。そのアメリカの統治を受けたフィリピンは何故停滞しているのか。

昭和恐慌時、貿易摩擦により、フィリピンは早期に独立を約束された。そしてフィリピン人の自治に委ねた。独立・独立と叫び、一人前になる前に勝手にしろと切り捨てられたのです。アメリカは教育には力を入れた。就学率は朝鮮を上回っていた。しかしこのように近く他の国になる所へ誰が積極的に投資しますか。インフラ整備、工業化ですっかり朝鮮より遅れたのである。

更に日本に併合される前の、韓国政府の腐敗と無施策も考えるべきである。今日の飢えに苦しむ北朝鮮人は、日本時代より本当に幸せになったであろうか。当時の韓国は少数の両班が支配する人治国家であった。法はあって無きに等しく、拷問のひどさは外国人旅行者を驚かせている。1862年の壬戌民乱、1894年の甲午農民戦争と民衆の反乱事件が起きている。両班は働くことを極度に嫌い、キセルに煙草を詰めることまで召使いに行わせている。日本が併合した翌年の予算は、人民からの税収は僅かに2千万円しかなく、日本政府からの補充金千二百万円、公債借入金が千万円という惨状であった。

以上個々の事例では気の毒な事をしたと思われることは多々あるが、全体としてみて、日本の統治は世界で一番素晴らしかったと思われる。従って韓国・朝鮮に謝罪する必要は全くないと考える。

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