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トンイと王の呼称 第15話
粛宗(スクチョン)に呼ばれて大殿に上がるトンイ。
正体を知らなかったために起こした数々の無礼を思い出しながら緊張しきった面持ち。
そして対面。
そこで言った
主上媽媽(チュサンママ:주상마마)
の一言に粛宗(シュクチョン)が吹出す。(ぼくも吹き出す)
立て続けに
主上殿下(チュサンチョナ:주상전하)
上監媽媽(サンガムママ:상감마마)
と。
コミカルな名場面です!
さて、この場面ですが、王に対する呼称を把握しておかないと、何が面白いのか
わからなかったのではないかと思います。
そこで、改めて王の呼称を勉強してみましょう。
まず、朝鮮の歴代王朝が日本と違ってややこしいのは、中原(中国)の王朝に服属していた期間が長いことです。
中原が弱体化して朝鮮への影響力が弱い時代だけを切り取ると陛下(ペハ:폐하)を使っていたこともありましたが、服属中は皇帝に対するこの呼称は使うことが許されませんでした。
そのため、皇帝に冊封された王というのが朝鮮王の位となります。
朝鮮王は中原の皇帝より一段格下で、臣下となります。
王(ワン:왕) 漢字語で王
イムグム(임금) 朝鮮固有語で王の意
上記2つの言葉は漠然と「王」という時に使います。
朕(チム:짐) 王が自らのことを呼ぶ一人称
寡人(クァイン:과인) 王の一人称代名詞。徳が少ないという謙遜の意が含まれている。
殿下(チョナ:전하)
主上殿下(チュサンチョナ:주상전하)
上監媽媽(サンガムママ:상감마마)
一般的に臣下は殿下(チョナ:전하)と呼びます。
先に述べたように、陛下(ペハ:폐하)は中国皇帝を指すため、朝鮮ではこの呼称を使うことはできません。
「王がいらっしゃいます」というときに、時代劇では「チュサンチョナ ナプシオ:주상전하 납시오」や
「サンガムママ ナプシオ:상감마마 납시오」と言っていますが、この時にはかしこまって呼んでいます。
けれども、主上殿下(チュサンチョナ:주상전하)については、
時代劇でよく聞かれるものの、明らかに間違った表現です。
ただし、この表現が例外的に正しい時もあります。
先王が生きているまま譲位したときに王位を譲られた王や、幼くして王になって
垂簾聴政(スリョムチョンジョン:수렴청정)を受けているときには主上(チュサン:주상)
または主上殿下(チュサンチョナ:주상전하)と呼ばれます。
具体的には、朝鮮王朝太祖(テジョ)や第2代定宗(チョンジョン)が生存していたときの
第3代太宗(テジョン)や、彼の息子第4代世宗大王(セジョンテワン)、祖母・母の
垂簾聴政を受けた第9代成宗(ソンジョン)などが主上(チュサン:주상)と呼ばれています。
ゆえに、このような状況でなかった多くの王に主上(チュサン:주상)という言葉を用いるのは誤りです。
結局のところ、王を畏まって呼ぶ正しいものは上監媽媽(サンガムママ:상감마마)ということになります。
この言葉は非常に面白い言葉で、「上」「監」「媽媽」の3つに分かれます。
時代劇ファンなら朝廷の高官を大監(テガム:대감)や令監(ヨンガム:영감)と呼ぶことは周知かと思いますが、その更に上が上監(サンガム:상감)なのです。
「上」は漢字語なのですが、「監」は古代アルタイ語と言われています。
ジンギスカンってご存知でしょ?
昨今ではチンギス・ハーンと呼ぶことが多いですが、ハーンは「汗」や「干」の字を当て「王」を表す言葉です。
その「汗」は「ハーン」や「カーン」と読み、音韻変化で朝鮮では「カム」として定着したのではないかと言われているのです。
「媽媽:ママ」の由来も遊牧民族系です。
朝鮮王朝の前の王朝高麗(コリョ)は、後年、漢民族以外で中原を支配した初の王朝元の支配を受けることになります。
その手法は政略結婚で、王妃を元から迎えることによって、服属の形を取りました。
このとき、後宮を中心に元の文化や呼称などが流入しました。
トンイの出自とされるムスリという言葉も、この時に流入しました。
もちろん、後宮のみならず、王が皇帝の臣下の形をとったのは言わずもがなです。
そのため、宮廷用語には元の用語、要するにモンゴル語が数多くあるのです。
本来「媽媽:ママ」は王と王妃、王大妃・王世子にしか使えない言葉です。
王世子の妃である世子嬪(セジャビン)でさえマノラ(마노라)という一段格下の言葉で呼ばれました。
ですので、後宮の嬪(ビン)たちに「媽媽:ママ」を付けるのは、明らかな誤りです。
もっとも、王朝崩壊前の混乱期にはタガが外れて乱用されたようですが、王朝史の大半では乱用されていないため、史劇の現状を鑑みると、是正すべき要素です。
ちなみに、今回セリフや字幕に皇帝陛下(ファンジェペハ:황제폐하)と出てきましたが、誤訳というか意訳というか、イマイチ適切でない訳でした。
心情は察してあまりあります。
翻訳って異なる文化を伝えるので、とても難しいですね。
長々と記述した後の本題ですが、最初のトンイのセリフ主上媽媽(チュサンママ:주상마마)は一見正しいような間違った表現なのです。
粛宗が笑っていたのはこのまちがいのためなのでした
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