http://d.hatena.ne.jp/dj19/20100820/p1
■[戦争][歴史]水木しげる『姑娘』に描かれた皇軍兵士による強制連行と性暴力
意外と知られていない?戦争漫画
『水木しげる戦記ドキュメンタリー・全4巻』(1991年から1992年にかけて講談社から出版)
第1巻『総員玉砕せよ!』 第2巻『敗走記』 第3巻『白い旗』 第4巻『姑娘』
この中の『総員玉砕せよ!』はわりとメジャーな戦争漫画であるが、それ以外の3巻が、朝ドラ『ゲゲゲの女房』の影響からか、ことし7月から8月にかけて講談社から文庫化され復刻されていることを知る。
5つの短編漫画がおさめられている戦争漫画『姑娘(クーニャン)』
姑娘 (講談社文庫)
水木 しげる
講談社 2010-08-12
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この表題作になっている戦争漫画『姑娘』の方は読んでいないのだが、漫画化される以前の実話が、サンケイ出版『水木しげるの不思議旅行』(1978年)*1に載っている。手元にあるのでテキスト化してみた。
サンケイ出版『水木しげるの不思議旅行』(1978年) 第16話 予期せぬ出来事 p154~p156
終戦後、ぼくが武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)へ通うために、金がなくて、月島で魚屋をやっていたころの話である。
仲間に山野という男がいて、彼はぼくの顔を見るたびに、姑娘(クーニャン)の話をするのだった。姑娘とは、中国語で“娘さん”というような意味だが、中国大陸で戦った兵隊にとっては、なんとなくなつかしい呼び名である。
ある日、山野氏が例によって姑娘の思い出を話しはじめた。
ーーそうやなあ、わしが分隊長で、ある村に行ったときのことや。村長の娘がえらいべッピンやと聞いたもんやから、兵隊連れて、早速おしかけたんや。なにしろ、そのころは、娘探すのが仕事みたいなもんやったからな。
ところが、村長は「そんなもの、おらへん」といいはる。あたりまえやな、いるちゅうと、日本兵は娘をつれていってしまうんやから。それから、どうされるかは、いくらノンビリした中国人でもわかるわな。村人もいっしょになってキーキーわめきたてるもんやから、俺たちは、結局手ぶらで帰らされた。
せっかく来たのに手ぶらやなんて、おもろうないわな。ムシャクシャしてるので、倉の中に一発ブッ放した。
そしたら、あんた、倉の箱の中で、コトッと音がしてだれかおるような気配がする。すぐ開けさせて調べたら、おった、おった、ものすごい美女がおるねん。どうやら村長の娘らしかったが、広東の大学を出て帰ってきたところだったらしいわ。
村長以下、涙を流しながら“連れていかんでくれ”いうとったが、俺も含めてみな若い。なにいいくさる! てなもんで、引き連れて帰ってきた。
俺の部屋に一カ月くらいおったろうか、ある夜、妙に真剣な顔で、
“あなたと、一度契ったからには、妻となり、どこへでもついていきます”
といいよる。
俺の中隊に出発命令が出たのに、
“一度、日本人の男に抱かれた女は、帰る所がない”
というて、俺の側から離れへん。
“日本軍は女を連れて行軍するなんてことゆるされてへん”
と一生けんめいいうとるのに、まるで馬の耳に念仏じゃ。
結局、その娘は出発前夜にピストルで自殺しよった。可哀想なことをしたと思うけど、人間の一生なんてわからんもんやな、倉のもっと奥のほうにかくれとったら、あの娘も死なんですんだかもしれんし、第一、美人の娘がいるなんて噂を俺達が聞きつけんかったら、よかったんやーー。
さすがに山野はこのときうなだれていたが、考えてみればその姑娘は、息をひそめて隠れていたのだろう。それなのにコトッと音がして見つかってしまったのは、まったく予期せぬ出来事だったに違いない。
(以下略)
■ここでは、日中戦争に出征した経験を持つ元・日本兵(分隊長*2)から、中国の村落においておこなわれた日本軍による婦女の強制連行や強姦といった性犯罪の話が、当事者から分隊単位で行われていたと告白されているのだが、これが犯罪にあたるという意識はほとんど無いままに悲話として語られている。
■「強姦の話は部隊仲間内では自慢しあうことがあっても、軍隊社会から出た一般社会においては自分が強姦をおこなったとは言えないものである。」「他人の強姦行為について証言している元将兵でも、自分がおこなったと証言できる人は少ない。」(笠原十九司「日本軍と治安戦」p163p164より)とのことであるから、おそらく水木先生がラバウルに出征した経験を持つので、同じ仲間意識が働き心がゆるんだことで、このようなことを語ったのではないかと思われる。
■この中隊では陵辱した婦女を連れて歩くことを中隊長が厳しく禁止していたようであるが、中国の山西省に出征した作家の田村泰次郎氏や「兵士達の沖縄戦語り継ぐ会」の発起人である近藤一氏が所属していた部隊では、強姦した婦女を裸のまま行軍させていたとの証言がある*3。(「田村泰次郎の作品や近藤一さんの証言が、ほぼ事実にもとづいていることがわかるのは、二人の部隊の上官にあたる住岡義一(独立混成第四旅団第十三大隊第四中隊附少尉、後に第十三大隊教育主任)が、戦後、述べる太原戦犯管理所において記した詳細な供述書の内容と符号するからである。」(笠原十九司「日本軍と治安戦」p18より)
■一番最初にリンクを貼ったサイトによれば『姑娘』のあとがきで水木先生は「やはり、日本人として、そういうことは反省しないといけないと思う。」と述べているとのこと。
(追記 8/21)真偽を確かめることが不可能なのであまり推測で述べることはしたくないのですが、
ブコメより
id:KGV 「犯罪にあたるという意識」は当然あり、女が短銃を手にするというのも不自然なので実際には自殺じゃなくて射殺したのだと思う。田村泰次郎の友人の軍属だった批評家が仲間内でそういう話をしていたそうだ。 2010/08/21
たしかに、強姦が憲兵などに黙認されることなくきちんと罰せられる状況にあったのなら、「犯罪にあたるという意識」はあっただろうし、発覚することを恐れ殺害した可能性も在り得るのではないかと思ったので追記させていただくことにした。*4
Yahoo!知恵袋 - 水木しげる先生の姑娘ってどんな話なんですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1333530568
戦記漫画『姑娘』の大まかなあらすじが載っているが、水木先生が聞いた話に、後半部分にフィクションを付け加え描かれているようである。
関連リンク
◆ 美しい壺日記 ◆ 「慰安所はまさに地獄の場所だった」…水木しげる
中国における「皇軍」の実態
日本軍の治安戦――日中戦争の実相 (シリーズ 戦争の経験を問う)
笠原 十九司
岩波書店 2010-05-26
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*1:内容は、雑誌『月刊小説』昭和52年(1977年)1月号~昭和53年8月号にかけて連載されていた水木先生の戦前から戦後にかけての奇妙で不思議な体験談に何編か書き加えた全22話の短編集となっている
*2:階級はおそらく伍長か曹長といった下士官であると思われる
*3:田村泰次郎氏と近藤一氏については前にも一度、こちらのエントリとコメント欄で触れているhttp://d.hatena.ne.jp/dj19/20100418/p1
*4:例えば、第五九師団第百十一大隊の下士官であった新井正代氏は「強姦したことがバレないための口封じにその後は必ず殺害してきた」と手記に書いているそうだ(笠原十九司「日本軍と治安戦」p163)
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